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(2)
テーブルに出されたのは、切り口が美しいバウムクーヘン。その隣には、深い琥珀色の珈琲が並べられている。
「まあ、バウムクーヘン! 実は私が神社まで運んでいたものも、ちょうどバウムクーヘンなのです。お祀りされている神さまが、甘味がお好きとのことで……」
(お会いしたことのない神さまが、本当に甘味がお好きかなんてわからないのだけれど。それでも大切な立花家の務め)
大和の国では、神はとても身近な存在だ。帝都はもとより、それぞれの土地は守り神によって治められている。
その上赤子たちは、神より授けられた名を携えて生まれてくる。祝福を込められた名とともに、神の近くで生きていくのだ。
異国の方にこんなことを話しても伝わらないかもしれない。そう考えた音だったが、青年は黙って目を細めただけだった。
「素敵な偶然ですね。それでは一足先に、頂いてしまいましょうか」
「ですが、お届けするより先に同じものを食べるなんて失礼なことを……」
困惑する音に、青年が吹き出す。
「そんなことで、いちいち腹をたてるような狭量な神さまではないと思いますよ。むしろ、境内の中でまた倒れてしまわないか心配しているのではないでしょうか。あなたはまったく細すぎます」
「ま、まあ!」
倒れていたところを運んでくれたのは目の前の美青年だったことを知り、音は顔を赤くした。
「さあ、冷めないうちにめしあがれ」
「牛乳やお砂糖も入れるのですね」
「珈琲が苦手でなければ、そのままでも構いませんよ」
「……ええと、そうですね」
(お父さまもお母さまも、私とは外出なんてしてくださらない。妾の子に劣る娘を連れ歩くのは恥ずかしいと。だから、そんなハイカラなものを飲んだことないわ)
「もしかして、珈琲は初めてですか。嬉しいな、僕は音さんの初めてを独占できるわけですね」
薫重と名乗った青年は、涼やかな笑みを浮かべると音の手をとった。本気でそう思っているらしい青年の姿に、音は別の意味で恥ずかしさを覚える。
「せっかく縁ができたのです。どうぞ、これからも遠慮なくここにお越しくださいね。これから一緒に、音さんのたくさんの『初めて』を積み重ねさせてください」
その言葉はまるで求婚にも似ていて、再び音は目を回してしまいそうになった。
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