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(5)
音の誕生日も、朝から雨が降っていた。
(やっぱりこの家には、私を祝ってくれるひとはいないのね)
わかっていたはずなのに、期待していた自分に気がつき苦笑した。
音と有雨子の誕生日は、音のほうが少しだけ早い。けれど対外的に双子だとしているため、ふたりの誕生祝いは常に有雨子に合わせて行われている。
『姉であるあなたが、妹に合わせてあげるべきでしょう』
当然のように母はそういうけれど、本当の誕生日をお祝いされない寂しさをどう伝えたらよいのか。
けれど、今年は違う。音の誕生日を、薫重は知っている。だから、彼だけは祝ってくれるはず。
(早く時間にならないかしら……。でも、女学校がない日だから、あんまり早く神社へのお務めに向かって、怪しまれても困るわ……)
何度も時計を見ていたから、勘づかれてしまったのかもしれない。
自分の部屋の中でこっそり指輪をつけていたところを、母に踏み込まれた。その後ろには、面白そうな顔で覗き込む妹の姿がある。
「それは何かしら」
「たいしたものではありません」
「やましいことがないのなら、お見せなさい」
(どうして放っておいてくれないのかしら。嫌いなら、いっそ私のことなんて無視してくれればよいのに)
「そうよ、お見せになって」
無邪気な合いの手が入る。有雨子と母はとても気が合うのだ。音などよりもずっと。まるで血が繋がった親子であるかのように。
「これは一体どういうことなの?」
じろりと睨まれ、慌てて左手を隠そうとすれば、腕をひねりあげられた。
「神社へお務めに行くふりをして、カフェーで女給でもしていたの?」
「まあ、お姉さまったら大胆!」
「まったく、立花家の人間ともあろうものがみっとない。そんな指輪、さっさと外してしまいなさい」
左手の薬指におさまった指輪は、母たちがどれだけ引っ張ってもびくともしない。指がちぎれそうなほどの勢いにたまらず悲鳴をあげた。
「お母さま、やめてっ」
「わたくしの娘は、有雨子ひとりだけよ」
掴まれた腕や指先よりも、その言葉が痛い。涙で前が見えなくなった。
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