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 雨音がする。  結局(おと)に自由は訪れなかった。離れの扉や窓の前には使用人。母は母屋で目を光らせている。  楽しそうに(おと)たちの騒ぎを眺めていた妹は、途中で飽きたようで父と一緒に百貨店へ出かけてしまった。  彼は、(おと)が屋敷に来ないことで落胆しただろうか。それとも、その程度の覚悟だったのかと呆れただろうか。 (駆け落ち、してみたかったわ)  ぽろりと涙がこぼれてくる。無性に切なくて、(おと)は指輪を撫でた。 (でもそれじゃあ、神社への奉納は途切れてしまうものね。だから駆け落ちに失敗したのかしら)  代々引き継がれてきたお務めも、(おと)以外の人間は軽んじている。甘味好きな神さまも、今日のおやつを食べ損ねてご機嫌ななめなのではないだろうか。 「薫重(くんじゅ)さん、会いたいです」 「僕も会いたかったですよ」 「……え?」  目の前には、焦がれていた薫重(くんじゅ)が微笑んでいた。 「どうしてここに?」 「あなたが呼んでくれましたから。古い誓約に縛られてなかなか大変だったので、呼んでもらえて助かりました」 「古い、誓約?」  薄暗い部屋の中で、薫重(くんじゅ)の瞳が金色に輝いていた。縦に長かったはずの瞳孔は、すっかりまあるくなっている。そこでようやく気がついた。 (ああ、この方は異国の方ではなかったのね)  むしろどうして気がつかなかったのだろう。彼こそが、この土地に祀られている神であることに。 「あなたが成人するまでは立花家に預けておくという約束だったのです。辛い思いをさせてしまって、本当にすみません。()()現世(うつしよ)が歪んでしまおうとも、あなたをさらってしまえばよかった」 (この世が歪む……それは大変なことになるのでは?) 「ええと、あの」 「ひとならざる者が夫では、やはりお嫌ですか?」 「まさか」 (薫重(くんじゅ)さんだから、そばにいたいのです。神だとかひとだとか、関係ありません)  ふたりの距離がさらに近づいたその時。 「全部お前のせいよ! お前さえいなければ!」  金切り声を立てて部屋に飛び込んできたのは、般若のような面をした母だった。
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