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それから。
ゼミの中でも研究テーマで細分化され、少人数のグループに分けられていくなかで、彼と同じグループになったのは奇跡だと思った。
自然と、グループ内で仲良くなっていき、ちょっとした会話もするようになった。「里野くん」「矢島さん」と呼び合うようになった。
いろいろと話してみて、里野くんはますます魅力のある人だと実感した。
同級生とのテンポの速い会話についていけないことがある私にとって、軽率な発言はせず、自分のなかで答えが出るまで言葉を選ぶ里野くんのことは、とても好ましかった。柔らかい語り口も安心するし、ふいに耳元で名前を呼ばれた時なんて、その声の良さに撃ち抜かれて死ぬかと思った。必死に何でもないふりをしたけれど。
と、まあ……ちょっと浮かれてしまったのは事実だけれど、だからといって何かしようという気もなかった。彼への淡い想いは認めざるをえなかったけれど、だからといって彼女になりたいだなんておこがましすぎて無理。
私はこの、いつでも気軽に話せるゼミ仲間としての立場を、守りたかったのかもしれない。
就活をはじめ、学生生活を楽しみたい欲が高まる時期にグループの出席率が悪くなり始めても、研究者を志すようになっていた私はほとんどゼミ室にいた。同じように、里野くんもいた。彼の進路については知らないけれど、就活をしているような気配がないので、もしかしたら大学院に進むのかな、くらいに思っていた。同大学なら、この先も一緒になるかもしれないな、なんて少し期待したりしては打ち消した。
私と彼は、ただのゼミ仲間であって、それ以上でもそれ以下でもない。
それだけは確かだった。
そうして、大学4年の夏。
夏休み中だったけれど、その日も私はゼミ室にいた。
大学院に進学することがほぼ決まっていたので、就活とは無縁だけれどだからといって余裕はない。勉強するなら家より大学の方がはかどる。そんな理由で。
その日は、里野くんもいた。
他にも数人いて、このあと花火大会に行くんだと話していた。
そして、日が暮れ始めて。
気がつくと、ゼミ室には私と里野くんだけになっていた。
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