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「矢島さん」
「……はいっ」
集中していたせいか、思いの外大きな声が出た。恥ずかしい。
呼びかけてきた里野くんは気にした様子もなく、続ける。
「まだ帰らない? もう19時過ぎたけど」
「あ……、本当だ」
言われてみれば、だ。まだ外が明るいから油断していた。
周りには里野くん以外誰もいない。いつの間にか二人きりになっていることに、今気がついた。
声をかけてくれたってことは、私がいると帰りづらいのかもしれない。
「ごめん、すぐ片付けるね。私が施錠するから、里野くんは先に帰って大丈夫だよ」
「んー……、帰りたいわけじゃないんだけど」
「え?」
荷物を片付ける私に近づいてきた里野くんが、私のそばに来て言う。
「花火、見ていかない?」
「……え?」
「ここでも見れるって、先生が言ってたから」
確かに、このゼミ室からでも昼間に同級生たちが話していた花火は見れる。そのことは知っていた。
でも、目の前の里野くんと結びつかない。
え? これって、もしかして、一緒に見ようってこと?
まだ混乱したままの私に、里野くんはふっと笑った。
「せっかくだから、電気消すね。もう始まるから」
「え、あ」
「ちょっと飲む? 冷蔵庫にまだストックあったし」
「あ、うん?」
ちょっと待って処理が追いつかない。え、私、これから里野くんと花火見るの? ここで? 二人っきりで? これどういう世界線?
混乱したままの私を置き去りに、部屋の電気がパチッと軽い音を立てて消えた。
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