花火の夜に君と

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薄暗くなって、外からの光だけを頼りにしたゼミ室は、なんだかよく知る場所とは違って見えた。 その理由はわかっている。一人だったらただちょっと怖いな、で済むだけなのだから。 「低アルコールのでいい?」 「あ、ありがとう……?」 未だ、私の返答には「?」が張り付いている。 まずい、本当によくわからなくなってきた。これって何? ドッキリ? 花火始まった途端にドアがばーんと開いて、みんながなだれ込んでくるとかそういうやつ? え? だとしたらなんで私がターゲットに? もうちょっとこう、コミュニケーション能力高めの可愛い女子とかじゃないと、盛り上がり微妙じゃないかな? 「どうしたの?」 「えっ……」 ハッと現実に戻ってくると、里野くんの綺麗な顔が間近にあった。 反射で距離をとって、即座にもう一度現実逃避しそうになる。 里野くんは、少し首を傾げたけれど、気にしないことにしたらしい。ビールと缶チューハイを窓の近くのテーブルに置きにいって、振り返る。 「こっち、おいでよ」 「は、はい……」 もう、言われるがままだ。ぎこちない動きで彼が並べた椅子の片方に座る。距離。距離が近いです。なんで肘置きがないタイプの椅子なの。肩が触れそう。どうしよう。 ギリギリ端っこに座って、できる限り近づきすぎないように努力するけれど、無駄な努力でもあるとわかっている。なんでこの椅子こんなに狭いの。今まで一度も考えたことのない文句が浮かぶほどには、冷静ではいられなかった。 「はい」 「あ、どうも……」 「じゃ、乾杯」 「かんぱい……」 プシュッ、といい音を立てた缶ビールと缶チューハイをぶつけて、流されるまま口をつけた。甘い桃の香りが広がる。たった一口でふわふわしてしまうのは、この状況のせいだと思う。 「矢島さん」 「はい?」 声につられて顔を上げると、里野くんが間近に。 近い。近すぎる。なんかもうこのまま心臓が爆発して死ぬんじゃないかと思うほどの接近に耐え切れず、思わず俯いてしまった。 だめだ、どうしよう。意識していることがバレてしまえばおしまいだ。せっかくただのゼミ仲間として、気のないふりをして守ってきたのに。 すぐそばで、里野くんが口を開こうとしている気配を感じる。 何を言われるのか、怖くて顔が上げられない。その時。 ドオンッ…… 救いのような、花火の音と光が、ゼミ室を照らした。
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