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 ランの言葉が理解できない。  どう頑張っても、飲みくだせる話ではない。  凛は無意識に、手元にあった弟の頭をなでた。  ふわふわと、やわらかい髪の毛。  流生の優しい性格をあらわしているようだ。  自分とは正反対の性格。  子どもらの虫取り網で散々なぶられ、羽がボロボロになった蝶を、人目につかない、たんぽぽの上にかえしてあげるような弟だった。  気弱で、少食、病気がち。  おまけに凛のことを良い姉と信じ、慕ってやまない。  こんなに盲目的で可愛らしい流生を、このまま化け物のエサにしてたまるか。 「どうすれば、流生を助けられる?」  尋ねると、ランがにやっと笑った。  その表情を見て、やつの術中にはまったのだと知ったが、もはやどうでもいいことだった。   「ねがって、りん」  少女の瞳が、黒く、大きくなった。 「ねがうのよ。ルイをたすけたいって。カハハギさまにね」 「願う? それだけでいいわけ」 「まさかぁ。もちろん、おねがいするからには、なにかサシださなきゃ。身代(ミガ)わりをつれてきて。それとだよ。でも、だれでもイイってわけじゃない。りんが、ルイとおんなじくらい、それかもっともーっと! 大切(タイセツ)にしてるヒトじゃないと、だーめ」  凛にとって、流生と同等以上に価値ある人間を、ここに連れて来る。  そして、カハハギ様に引き渡して、願えば、弟を助けられるーー。  今度の言葉は、不思議と胸に染み込んだ。  おそろしいことを言われているはずなのに、凛はこのとき、笑っていたのだった。 「探してくればいいのね、誰か」 「そうだねえ、だれか」 「その間に、流生が死んじゃったなんてことになったら、あんたを殺すから」 「あはは、だいじょおぶだよぉ。ルイのばあい、ひと(ツキ)くらいはヘーキ。ナカミがあるから。ナカミがないと、一日(イチニチ)でとりこまれるけど」 「ナカミ……中身って、なに?」 「なぁだろうねぇ。ランにもわかんなーい」  とにかく、まだ猶予があると分かっただけで、十分だ。  頭のおかしい女の話に、信憑性があるのかどうか……若干、不安を感じるが、今はそれを信じるしかない。  凛は、流生に覆いかぶさるようにして、その幼い身体を抱きしめた。  いつもと何ひとつ変わらない柔らかさ。  少し冷たくなってるけど、においはいつもの流生。こうしていると、落ち着く。    流生、お姉ちゃんが助けてあげる。  それまで待っててね。  心の中で語りかけると、流生の身体の震えが少し、和らいだ気がした。  凛は、彼のこめかみにそっと唇を落とす。 「りん、かえる? もうかえる?」 「うん、かえる……」 「はぁい! また、あそぼうねぇ、りん。こんどくるときは、トクベツなお(キャク)さんじゃあ、ないからね」  相変わらず、ふざけた調子のランの声が遠のいた。  妙な浮遊感があって、周りの景色が一変する。  凛は湿った草の上に座り込んでいた。  そこは、いつも見慣れた、多摩川の河川敷だった。
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