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2-3
ランの言葉が理解できない。
どう頑張っても、飲みくだせる話ではない。
凛は無意識に、手元にあった弟の頭をなでた。
ふわふわと、やわらかい髪の毛。
流生の優しい性格をあらわしているようだ。
自分とは正反対の性格。
子どもらの虫取り網で散々なぶられ、羽がボロボロになった蝶を、人目につかない、たんぽぽの上にかえしてあげるような弟だった。
気弱で、少食、病気がち。
おまけに凛のことを良い姉と信じ、慕ってやまない。
こんなに盲目的で可愛らしい流生を、このまま化け物のエサにしてたまるか。
「どうすれば、流生を助けられる?」
尋ねると、ランがにやっと笑った。
その表情を見て、やつの術中にはまったのだと知ったが、もはやどうでもいいことだった。
「ねがって、りん」
少女の瞳が、黒く、大きくなった。
「ねがうのよ。ルイをたすけたいって。カハハギさまにね」
「願う? それだけでいいわけ」
「まさかぁ。もちろん、おねがいするからには、なにかサシださなきゃ。身代わりをつれてきて。それとこうかんこだよ。でも、だれでもイイってわけじゃない。りんが、ルイとおんなじくらい、それかもっともーっと! 大切にしてるヒトじゃないと、だーめ」
凛にとって、流生と同等以上に価値ある人間を、ここに連れて来る。
そして、カハハギ様に引き渡して、願えば、弟を助けられるーー。
今度の言葉は、不思議と胸に染み込んだ。
おそろしいことを言われているはずなのに、凛はこのとき、笑っていたのだった。
「探してくればいいのね、誰か」
「そうだねえ、だれか」
「その間に、流生が死んじゃったなんてことになったら、あんたを殺すから」
「あはは、だいじょおぶだよぉ。ルイのばあい、ひと月くらいはヘーキ。ナカミがあるから。ナカミがないと、一日でとりこまれるけど」
「ナカミ……中身って、なに?」
「なぁだろうねぇ。ランにもわかんなーい」
とにかく、まだ猶予があると分かっただけで、十分だ。
頭のおかしい女の話に、信憑性があるのかどうか……若干、不安を感じるが、今はそれを信じるしかない。
凛は、流生に覆いかぶさるようにして、その幼い身体を抱きしめた。
いつもと何ひとつ変わらない柔らかさ。
少し冷たくなってるけど、においはいつもの流生。こうしていると、落ち着く。
流生、お姉ちゃんが助けてあげる。
それまで待っててね。
心の中で語りかけると、流生の身体の震えが少し、和らいだ気がした。
凛は、彼のこめかみにそっと唇を落とす。
「りん、かえる? もうかえる?」
「うん、かえる……」
「はぁい! また、あそぼうねぇ、りん。こんどくるときは、トクベツなお客さんじゃあ、ないからね」
相変わらず、ふざけた調子のランの声が遠のいた。
妙な浮遊感があって、周りの景色が一変する。
凛は湿った草の上に座り込んでいた。
そこは、いつも見慣れた、多摩川の河川敷だった。
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