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【朔夜】    朔夜は翌日、学校に行くのがしんどかった。  凛とあんな別れかたをして、探しに行くこともせず、ただ彼女の母親に促されるまま、帰宅したことが情けない。  今日、凛に会えなかったらどうしよう?  一年三組に足を踏み入れた朔夜の不安は、しかし、あっけないほど簡単に払拭された。  机の端に腰かけて、隣の席のやつとしゃべっているのは、凛だ。  無事だった。拉致されたと思った彼女は、戻って来たのだ。  すぐに昨日のこと謝って、胸中のもやもやを晴らしたかった。しかし、なんとなく、そのタイミングを逃してしまった。  どうして昨日、すぐに追いかけてきてくれなかったの、と言われたら気まずいし、返す言葉がない。  そうこうしているうち、先生が来てしまい、本格的に声をかけづらくなってしまった。  一限目、二限目……時間は逃げるように過ぎる。  昼休みを挟み、五限目の英語の授業。  隣の席の生徒と、英語で「好きな教科や習い事について話す」というペアワークである。  スタートの合図とともに、テキストに軽く目を通した朔夜は、右隣の河本(こうもと)を見た。  ペアの河本は、テキストなど開きもしない。  朔夜へ向かい、授業とはまるで関係ない話をはじめた。 「あのさぁ日高(ひだか)クン。日高クンて、白石(しらいし)サンと仲いいよな?」  またこの手の話題か……。  朔夜がうんざりした気色を見せると、河本の視線がさまよった。 「あーいやな? 今日、白石サン、機嫌いいよなぁと思って。オレなんか普段、接点ないけど、今朝は何でか声かけてくれたんだよなぁ。誤解すんなよ、ちょっと世間話した程度だから」 「凛が? 珍しいな」 「……ね、あのさ。日高クンと白石サンて、ほんとに付き合ってないんだよな」 「前も説明したろーが。また同じこと言わせる気か」 「あーいやいや。怒らないで、悪い。でもさ、やっぱチラッとでも話すと、気にはなるだろ? そんでちょっと見てたんだけど、白石サン、やっぱりいつもよりニコニコしてるっつーか。壁がないような気がするんだよなぁ。ホラ今も」  河本が興味本位で示したほうに目をやると、凛が、ペアの男子と打ち解けた様子で会話している。  もとから、愛想は悪くない凛である。  ただし、他人とは明確に一線を引いていることを、朔夜は知っていた。彼女のテリトリーに入ることができるのは、自分と、彼女の家族だけだった。  だからこそ、今の凛の姿には違和感を覚える。 「あ、ペアワークの時間、終わっちゃったなぁ」  河本は確信犯か。  結局、少しもスピーキングの練習にならなかった。  このスッキリしない気分はなんなんだ。  凛が変に愛想がいいから?  それとも、昨日のことがあったにもかかわらず、平然と過ごしているから?    水曜は五時間授業だから、この英語が終われば、すぐに帰りの会となる。  放課後になったら、話しかけに行こう。  この際、もう人目は気にしない。  変なプライドや羞恥心は捨てる。  そう心に決めて、じっと、もどかしい時間を過ごした。  終会とクラス清掃のあと、朔夜は、教室を出ようとする凛に声をかけた。 「凛、ちょっといいか?」  ゆく手を遮ってまで、引き止めた朔夜の行動に、凛は思いがけないという表情を作る。 「えっと、今日は火曜日じゃないよ?」 「火曜じゃなきゃ、話しかけちゃいけないのかよ」  少しむっとする。  むしろ、凛のほうから報告してくれてもいいはずだ。 「あーごめん。言い方が悪かった。ピアノの日以外はほら、あんまそっちから来ることないじゃない?」  謝るつもりが、逆に凛に謝らせてしまった。  朔夜は次にかける言葉を探す。 「もしかして、昨日のこと心配してくれてた? そうなんだね朔夜。ありがと。でも大丈夫なの。意外と早く消えてくれたもんだから」 「もういいよ。そうだ、流生はどうした? 帰って来たんだろ」  己の願望も込めて、朔夜はそう決めつける。 「流生……」  その名を乗せた凛の唇が、震えたように見えた。一瞬のことだ。まばたきすれば、いつもの凛の笑顔がある。 「もちろん。ちゃーんと、見つかったよ!」  彼女の顔に咲いた華。  朔夜の目に飛び込んできたそれは、ひどく、鮮やかな色をしていた。
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