第一章 よりそう少女

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第一章 よりそう少女

1-1  信じられない、恥ずかしい。  あっと悲鳴をあげたときには、もう世界が反転していた。  気付けば地面にうつ伏せになっていて、自分がだいぶ派手に転んだのだと知った。   (しかもクラスメイトが見てる前で、なんて)  白石凛(しらいしりん)は、校庭のすみの水飲み場で、擦りむいた膝小僧を洗い流す。まわりに誰もいないのをいいことに、大きく舌打ちをした。  玉川第ニ中学校。  多摩川にほど近い市立中学で、これといった特色のない、良くも悪くも普通の学校である。  夏休みが明けて、初めての体育の授業。  短距離走の最中、足がもつれて、凛は転倒した。自覚すると、自分の顔だけ、黒く塗りつぶしてしまいたくなった。  先生や友達が、慌てて駆けつけてくれた。  大丈夫、痛いでしょ。  保健室へ行ってきたら?  どこか空々しく聞こえる慰めの言葉。  気遣わしげな顔をされても、凛の心には響かなかった。  だからどうしても、嘘くさい笑顔を浮かべてしまう。 『心配してくれてありがと。私は平気。ちょっと汚れ、落としてくるね』  凛が()けたとき、幼馴染の日高朔夜(ひだかさくや)が驚いた顔でこちらを振り返った。  凛の中でただひとつ、それだけが真実だった。  (りん)朔夜(さくや)のことが好きだった。  物心つく前からずっと、家族を除けばいつも、誰よりもそばにいた。凛がこの世に生を受けてから、父と母の次に、自分の世界に入り込んで来たのが彼だと言っても大げさではない。  だから、朔夜の視線を一瞬でもとらえることができたなら、それが凛にとっての救いだった。  遠くで、体育教師がホイッスルを鳴らす音が聞こえる。笛の()は、高く澄んだ秋空へ駆け上がった。  蛇口の水が、肌にこびりついた血と泥を落とす。肉の色をした傷口が、ピリピリと痛んだ。  ふいに気配を感じ、視線を向けると、隣で見覚えのない少女が手を洗っている。  すごい勢いで水を出して、流し台が水たまりのようになっていた。 「ねえ、ちょっと。ソレ出し過ぎじゃない? こっちまで飛沫(しぶき)が飛んでくるんですけど」  あからさまに不機嫌な声を出した。  今の凛は、虫の居どころが悪い。 「うふ」  見知らぬ少女は、くりん、と首だけこちらへ向けた。 「イタイんだ?」  めいっぱい、開かれた瞳が凛をうつす。  ドッペルゲンガー?  そう思ったのは一瞬のことで、よくよく見ると、自分とたいして似ているわけではない。  なのになぜ、鏡を見ている気分になったのだろう。 「そりゃ痛いよ。って、そんなのどうでもいいの。こっちにかかってんのよ、水が」  少女は無言で、キュッときつく蛇口を閉めた。  そして楽しそうに、ふふ、と息をもらす。   「感じ悪いわね、あんた。どこのクラス?」 「おんなじだよ」 「はぁ? 同じ? ちょっと、ふざけないでよ。あんたみたいなの、うちのクラスにはいないんだから」  たまらず怒鳴りつけると、彼女は踊るような足どりで身をひるがえした。  遠ざかっていく背中は、校舎裏へ消える。    うちの中学の制服を着ていた。  ということは、ここの生徒ではあるのか……?  凛は釈然としない思いを抱え、少女がいなくなった方角を見つめた。
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