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 チャイムが授業の終わりを告げて、帰りのホームルームが開かれた。担任の先生が連絡事項を淡々と読み上げる。  教室の窓が、わずかに開いていたらしい。隙間から生ぬるい風が入ってきて、カーテンが揺れる。外に目をやると、空が暗い。  体育の授業までは晴れていたのに。  いつの間にか日が陰り、雲が雨の匂いを連れてきたようだ。 (ま、もう帰るだけだし)    これ以上、学校に用はない。凛は部活動に所属していなかった。  家に着くまで、雨に降られなければ、それでいい。  通学カバンの中に、筆記用具を詰め込んだ。 「凛、行こう」  朔夜だった。  声をかけてくれるだろうと、期待していた。  だって今日は、火曜日だから。 「うん、ピアノの練習あるもんね。一緒に帰ろう」  幸せだ。凛は顔をほころばせた。  凛の母親はピアノの先生だった。  自宅の一階部分をピアノ教室にして、生徒を招いて指導する。オンラインレッスンすることもある。  凛も朔夜も、5歳の頃からピアノを習っている。毎週火曜日が練習で、その日はたいてい、一緒に下校するのだ。  中学生ともなると、男女が並んで歩いているだけで、同級生の好奇の視線を集めた。  付き合ってんの? キスはしたんだろ。  これくらいならまだいいほうで、あけすけな憶測をすれ違いざまにささやかれたときは、本気で腹がたった。 (私と朔夜は何でもないよ、残念だけど)  朔夜が好きなことは、もはや凛のアイデンティティだった。深く、自分の中に刻まれて揺るぎないものだ。  気持ちを伝えたことはない。  朔夜が自分をどう思っているかはわからない。  だが凛は、自分が、彼のお嫁さんになるに違いないと思っていた。 「凛。今日、体育で転んでたろ。足は大丈夫なのか」 「うん。もうたいして痛くないよ」  朔夜の視線が、凛の膝に向けられる。  彼に変な意図はない。  にもかかわらず、凛は恥ずかしくて話題を変えた。 「体育といえばさ。変なやつに会ったよ」 「変なやつ?」 「そぉなの! 私を見て笑ってきてさぁ。どこのクラス?って訊いたら、私と同じって言うのよ、馬鹿にしてんのかって」 「名前は訊いたか、そいつの」 「訊く前に行っちゃったよ、なんだったんだろ」 「今度会ったら教えろよ」 「えー? 教えてどうするのよ」  気乗りしない。  朔夜に言ったら、朔夜はあの少女と会うことになる。  彼が自分以外の女と会話するのを想像するだけで、虫唾が走る。
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