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 土手の上の舗装された道を歩きながら、他愛ない話をした。  会話の内容はどうでも、朔夜の声を聴くだけで、凛は幸せだった。  河川敷(かせんじき)の向こうには、多摩川の緩やかな流れが見える。今は、暗澹(あんたん)とした雲をそのまま映し、濁った色をしている。  眼下のグラウンドで、サッカーをしている子どもたちがいる。  その中のひとりが、足をかけられて転んだのを見て、凛は今日の自分の失態を思い出し、苦い気持ちで目をそらした。 「あそこにいるの、流生(るい)じゃないか」  朔夜が示したほうを見ると、確かに、凛の弟の流生(るい)がいた。  土手の斜面にしゃがんで、本を読んでいる。 「あ、ホントだ。流生ぃ」  凛は駆け寄り、その小さな背中に飛びつく。  ふたりは六つ離れた姉弟で、流生は今、小学二年生だった。ランドセルを脇に置いているところを見ると、学校が終わって、まだ一度も家へ帰っていないらしい。  ここで姉を待っていたのだろう。 「いつからいたの? もうすぐ雨だよ。うちで待ってなきゃだめじゃない」  小学二年生の男子にしては細く、小柄で、流生は凛の腕にすっぽりおさまってしまう。  昔からあまり身体が強くなく、ちょっとしたことで風邪をひいた。小児ぜんそく持ちで、何かといえば吸入をして、ひどいときには夜中に救急へ駆け込んだ。  学校も週単位で休むことがあり、お陰で、クラスには親しい友達がいないらしい。  放課後はよく、こうして、ひとり家の近くの河川敷で暇を潰している。 「お姉ちゃん! ……と、朔夜さん」  流生は、朔夜と話すのが得意ではないようだった。  家族以外の誰かには萎縮してしまうのかもしれない。朔夜の顔を見て、途端に声がしぼむ。  朔夜は近い将来、家族になる。  自分と結婚すれば、朔夜は流生のお義兄さんだ。  凛の中では、すでにその予定だった。  だから流生には、早いところ彼に慣れてもらわなければ困る、と思う。 「流生。そっちにあるのは、なに?」  弟を解放し、ランドセルの上にちょこんと置かれたものを指さす。 「あ、これはね」  流生が掴み上げたのは、紙粘土でできた小鳥だった。色合いからすると、スズメのようだ。   「図工で作ったんだ。お姉ちゃんにあげる」  凛の手のひらに、小さなスズメを乗せる。  そのささやかな重みに感激して、凛は再び、押し潰すようにして弟を抱きしめた。 「ありがとぉ! るいっ、大好き!」  可愛くて仕方がない弟。  歳が離れているから、余計にそう感じるのかもしれない。  もしも流生をいじめる悪ガキがあらわれたら、自分はためらうことなく、仕返しに行くだろう。後悔する暇さえ、与えてやるもんか。  幸いなことに、まだ、その機会は訪れていないけれど。  三人は肩を並べて歩き出した。  雨粒が、アスファルトに小さな染みをつくった。
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