55人が本棚に入れています
本棚に追加
1-5
ぴんぽーーーーん。
ぴんぽーーーーーん。
四曲目を弾きはじめたときだった。
織り上げられた旋律をぶった切る無遠慮さで、インターホンが鳴った。
無視して演奏を続けようかとも思ったが、隣の朔夜は、もう弾くのをやめてしまった。
今さら気付かない振りをして、ピアノに向かうのもしらじらしい。
「たく、誰なのよ。今日は休みって連絡したはずでしょ」
自分のことは棚に上げ、凛はとにかく、朔夜との時間を邪魔されたことが許せない。
椅子から立ち上がると、乱暴に足音を響かせ、玄関口へ向かった。
すべては気がたっていたせいだ。
凛はたいして確認もせず、扉を開いてしまった。
「りぃーーん、みつけちゃった。ふふ」
玄関先にたたずんでいたのは、体育の授業で会った少女だ。水道水をジャバジャバ出していた、あの頭のおかしな女。
全身ずぶ濡れになって、足元には水たまりができている。
はりついた前髪の奥から、やけに嬉しそうな瞳が、らんらんと輝いている。
「あ、あんた……。なんで私の名前。てか、どうしてうちを知ってるの? なんなの、何しにきたわけ」
鳥肌が立ち、凛はドアを閉めようとした。
ガッ、と少女がそれを止める。
ドアの隙間を両手と脚でこじ開け、荒い息を吐きながらこちらを見つめている。
獣みたいーー。
凛は思わず、ドアノブを離した。
指先がしびれている。
「まださよならしないよ?」
「帰って! こっちに来ないで」
「だめだよぉ。だってこれから、りんにイイモノみせてあげるんだもん。みたいでしょ? きになるでしょお?」
言うが早いか、少女の腕が伸び、凛の手首を掴んだ。
凛の抵抗など、ものともしない。
簡単に外へ引きずり出されてしまう。
「いや!」
「おい、凛……!?」
騒ぎを聞いて駆けつけたのは、朔夜だ。
彼の目の前には、ふたりの少女。
片方は凛のはずだが、もう片方はーー?
朔夜は目を細め、奇妙な表情をした。
まるでふたりを判別するのに、戸惑いを見せているかのような……。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに凛に向き直る。
幼馴染はひとりだけ。
狂った女に連れ出されそうになっているほうだ。
朔夜と目が合う。
彼が、凛を引き戻そうと手を伸ばす。
「朔夜ーー」
届かなかった。
差し伸べられた手を掴みきれなかった。
目の前で、扉は音をたてて閉まる。
「んふふふふふふ」
ごきげんな少女の笑い声が夜をすべる。
小雨の降りそそぐ、宵の口。
凛は、気味の悪い少女に手を引かれ、暗がりに姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!