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 ぴんぽーーーーん。  ぴんぽーーーーーん。  四曲目を弾きはじめたときだった。  織り上げられた旋律をぶった切る無遠慮さで、インターホンが鳴った。  無視して演奏を続けようかとも思ったが、隣の朔夜は、もう弾くのをやめてしまった。  今さら気付かない振りをして、ピアノに向かうのもしらじらしい。 「たく、誰なのよ。今日は休みって連絡したはずでしょ」  自分のことは棚に上げ、凛はとにかく、朔夜との時間を邪魔されたことが許せない。  椅子から立ち上がると、乱暴に足音を響かせ、玄関口へ向かった。  すべては気がたっていたせいだ。  凛はたいして確認もせず、扉を開いてしまった。 「りぃーーん、みつけちゃった。ふふ」  玄関先にたたずんでいたのは、体育の授業で会った少女だ。水道水をジャバジャバ出していた、あの頭のおかしな女。  全身ずぶ濡れになって、足元には水たまりができている。  はりついた前髪の奥から、やけに嬉しそうな瞳が、らんらんと輝いている。 「あ、あんた……。なんで私の名前。てか、どうしてうちを知ってるの? なんなの、何しにきたわけ」  鳥肌が立ち、凛はドアを閉めようとした。  ガッ、と少女がそれを止める。  ドアの隙間を両手と脚でこじ開け、荒い息を吐きながらこちらを見つめている。  (ケモノ)みたいーー。  凛は思わず、ドアノブを離した。  指先がしびれている。 「まださよならしないよ?」 「帰って! こっちに来ないで」 「だめだよぉ。だってこれから、りんにイイモノみせてあげるんだもん。みたいでしょ? きになるでしょお?」  言うが早いか、少女の腕が伸び、凛の手首を掴んだ。  凛の抵抗など、ものともしない。  簡単に外へ引きずり出されてしまう。 「いや!」 「おい、凛……!?」  騒ぎを聞いて駆けつけたのは、朔夜だ。  彼の目の前には、ふたりの少女。  片方は凛のはずだが、もう片方はーー?  朔夜は目を細め、奇妙な表情をした。  まるでふたりを判別するのに、戸惑いを見せているかのような……。  しかし、それは一瞬のことで、すぐに凛に向き直る。  幼馴染はひとりだけ。  狂った女に連れ出されそうになっているほうだ。    朔夜と目が合う。  彼が、凛を引き戻そうと手を伸ばす。 「朔夜ーー」  届かなかった。  差し伸べられた手を掴みきれなかった。  目の前で、扉は音をたてて閉まる。 「んふふふふふふ」  ごきげんな少女の笑い声が夜をすべる。  小雨の降りそそぐ、宵の口。  凛は、気味の悪い少女に手を引かれ、暗がりに姿を消した。
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