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「ねえ、何も見えないんだけど……」  本当の夜の闇ーー都会育ちの凛には、馴染みのないものだった。  この島には、街明かりも届かないらしい。  せめて月が出ていれば、空は明るく見えただろうが、それさえない。  肌に冷たい雨の感触があるだけだ。  霧が深く、一歩先へ踏み出すのもおぼつかない。 「ああそっかっ」  ランは急に、大きな声をあげた。 「しっぱいしちゃった。今日(キョー)のりんは、あたしがつれてきたトクベツなお(キャク)さんだから、よくミエナイんだね」  ざんねんざんねん。  よくわからないことを繰り返す。  “凛はランが連れて来た特別な客”ーーということは、現時点では、招かれざる客ということか。 「しょーがないから、りん。あたしのあとについてきて」  ランはようやく、掴んでいた凛の手を離した。  もう、いつでも逃げられる。  しかし、ここからひとりで帰る気にはなれなかった。  ランを見失ったら、二度と戻れくなる。  そんな気がして、凛は彼女の後ろをぴったりと歩いた。  これだけあたりが暗いと、狂った女の手すら恋しく思えるから不思議だ。   「ねえ、何かいない……?」  視界が悪いぶん、他の感覚が鋭くなる。  息遣い。  明らかに、自分たちのものじゃない。  もっと大きなモノの、息遣いが聞こえる。  凛の頭の上からだ。 「ラン、聞いてる? ぜったい、何かいる」 「いると思ったらイナイ。イナイと思ったらいるよー」  意味不明な答えをどうもありがとう。  いつもの凛なら、嫌味のひとつでも言ってやるところだ。しかし、凛もそろそろ、気付きはじめていた。  この島で、命綱を握っているのは、目の前の少女しかいないということに。 「()をあわせちゃダメだよぉ」  何と?  何と目を合わせたらいけないの。  心の中の疑問は、外へもれることはなかった。  暗闇、雨のにおい、誰のとも知れぬ吐息……すべてが不安に思える。だが、一番気になって仕方ないのは足元だ。    今、踏みしめているこの地面、妙にぐにゃぐにゃして気持ち悪い。  雨でぬかるんでいるのかと思えば、そういう感じでもない。  何だろう。  例えば、巨大なミミズでも、踏んづけているような……。 「んふ。りぃん、みてみて! ここだよぉ」  ランがはしゃぎ出した。  幼子が、友達に宝物を見せびらかして喜んでいるみたい。  (ほこら)がある。  いや、実際には、祠のような影が浮かんでいただけで、はっきりと形を認識できたわけではない。 「え……、ちょっと」  凛は、に気付いて、目を見開く。  すぐに駆け寄りたいが、できない。  足が、思うように動いてくれない。  機械じみた、ぎこちない足どりになる。  見たくない、確かめたくない。 「流生(るい)……?」 「ふふっ、ふっ……、く。はっはははははは」 「あんたこれ……どういうこと? なんで流生がここにいるのよ」  凛は、横たわった流生のそばに、ひざまずいた。 「あぁおかしい、うれしいぃ。りんがびっくりしてくれたー」  ランは手を広げて、くるくる踊っている。  わざわざ、こいつに訊かなくとも、分かる。  流生をこの島に連れて来たのは、この女だ。  流生は、横向きの体勢で倒れていた。  ただ、地面についているほうの肩が、顔が、半ば地面に埋もれている。  どう見ても、普通の状態ではない。  (まぶた)は薄ぼんやり開かれ、目の焦点が定まっていない。  わずかに痙攣(けいれん)していなければ、死んでしまったと思っただろう。  流生は生きてる、まだ。  きっとそう。    すぐに助け起こそうとして、凛は息を詰めた。  流生を持ち上げることができない。  どうして。弟の身体が重くなった?  いや、違う。そんなんじゃない。 「なにこれ……くっついてる。なんなの、なんでこんなことになってんの!?」  流生の身体は、ミミズの肉に似た土に、わずかにめり込んでいる。  引き剥がそうにも、引き剥がせない。  癒着している、といった表現がしっくりくる。 「ムリに、はがさないほうがいいんじゃなぁい? やぶけちゃうよお」 「ラン!! いい加減にして、流生を元に戻して!」  凛が泣き叫ぶと、ランは急に真顔になった。 「いまはムリだねぇ。あたしたちのルイは、カハハギさまの一部(イチブ)になったの」  空おそろしいことを告げた。
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