レンタル・モチベーション

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 放課後になると、高校の美術室で今日も山村一郎は筆を持たずに唸っていた。 「うーん、なんだかなぁ」 「どうした山村?」  山村が振り返ると、同じ美術部員の岡部淳が立っている。  見れば岡部は、絵筆の束を片手に持っていた。汚れ具合からして、散々絵を描き終わったところだ。洗い場へ片付けにいくところで、山村のうなり声に脚を止めたのだろう。 「今日も全然進まなくてさ」 「見ればわかるよ、真っ白だもんな」  山村の前には、下書きすらなにも描かれていないキャンバスが置かれている。  はぁと、彼はため息をついて「そっちは?」と聞く。 「もう完成。だから筆もしっかり石けん洗いしようと思ってな」 「まじっ、早いな」 「締め切り今週末だぞ。あと四日、山村が遅いだけだ」 「うっ……わかってんだけどさ。全然やる気が出なくって。やる気でないと、どうしても何描こうか浮かばないし」  山村が所属している美術部には、月に一度絵を描いて講師から添削をもらう決まりがあった。  提出が遅れると、講師からは小言を言われる。緩い部活なので罰があるわけではない。それでも進学先に美大を考えている山村からすれば、毎月一枚くらいはしっかりと描き上げたいものだった。  ――まだ高一だ。焦る必要はないって思うんだけど。  それでも同学年で友人の岡部が毎月そつなく課題をこなしていると、あせる気持ちも募った。  焦りがやる気に繋がればいいのだけれど、どうしても描かなければと強く思えば思うほど、気持ちが入って来ない。  夏休みが終わって、山村がやっつけで完成させた課題と、岡部がしっかり描き上げた作品達を見比べてからずっとそうだった。  自信を失い、それがモチベーション喪失へと変わり、そのまま三ヶ月も月一の課題絵提出をできていない。 「どうしよ、そろそろ本気で怒られるかも」 「大丈夫だろ。加瀬がいるんだし」 「……そうだけどさ」  加瀬優佳も美術部員だった。  彼女も山村たちと同じく半年前に入部した。けれどその半年間で、月一の課題絵を提出したことは一度もないはずだ。いつも講師に「加瀬は今月も未提出か」とぼやかれている。  課題絵だけじゃない。  山村は加瀬が描いているところを見たことがなかった。たまにふらっと美術室へ来ていることは何度かある。顔を合わせて、挨拶くらいはするのだが、軽く頭を下げられるだけで、彼女のことはほとんどよく知らない。半分幽霊部員くらいに思っている。  だけど講師が来て、課題絵を添削する定例出席の日にはちゃんと毎月顔を出していた。  ――自分はいつも提出していないのに。  山村にとって、彼女はとても不思議な存在だった。  いつもヘッドホンを頭につけて、ぼっーとしている。彼女も、やる気がでなくて困っているのだろうか。 「なあ、コツとかあるのか? 岡部は毎月しっかり描いてるけど、やる気出なくて困ったこととかないのか?」  山村は軽い気持ちで、岡部に尋ねた。すると岡部はしばらく悩む素振りを見せてから、 「ここだけの話、先輩にとっておきの方法を教わったんだ」  と小声で言った。  美術室には、今も他に部員が何人かいる。彼らに聞かれたくないのだろう。 「片付け、手伝ってくれないか?」  筆を片手に、岡部が言う。たいした量ではない。山村は岡部の意図を察して、美術部から出て直ぐの洗い場へと着いていくことにした。 「実は、やる気をレンタルしているんだ」 「え、レンタル?」
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