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新学期なんて大嫌いだ。
新学期にはいつだって、恒例の『あれ』がある。
「それじゃあ、自己紹介を始めましょう。何でもいいわよ。好きな食べ物や苦手な教科。中学生三年間の目標でも何でも」
その言葉で、私はお腹を押さえた。
一年二組を担任するのは吉田という女の先生だった。この中学校でもう何十年も教師を続けているベテランの先生らしい。
一番左前の子が立ち上がる。自己紹介が始まった。
「阿久津章人っす。小学生の時はアッキーって呼ばれてました」
短髪の彼がそう挨拶すると、誰かが「アッキー」と名前を呼んだ。
順に挨拶をしていく。皆、話す内容は色々だったが、必ず名前だけは言った。
お腹、痛いな。
このまま保健室に行こうか。いや、それはそれで目立つな。
「はい、ありがとう。じゃあ最後ね」
私の席は一番後ろ。出席番号はいつも最後だ。私は顔を伏せ、立ち上がった。
「矢島です。よろしくお願いします」
一瞬、空気が凍った。パチパチとまばらに拍手が起こる。
先生は「あ、はい」と何かを悟ったかのように「それじゃあ、私の自己紹介をしますね」と話を進めた。
良かった。何も言ってこなくて。
この最初の難関を乗り越えたら、後は大丈夫。名前で挨拶をする事なんて早々無い。私の名前を目にする子も何人かは居るだろうけど、でも、大丈夫。小学校の時みたいに、無愛想にしていたらいいのだ。すると向こうから離れていく。
そう思っていたのだが、私はまた難関にぶち当たることとなる。
それは英語の授業だった。
担当の小林先生と共に入ってきた人物は、外国の先生だった。高身長で顔は細長い。
「これから週に一度、この授業のアシスタントとして来てくれるマイケル先生です」と紹介した。
マイケルは人なつっこい笑顔とぎこちない日本語で挨拶をした。
クラスメートはその挨拶に大きな拍手で迎えた。
私も控えめに拍手をする。
「それじゃあ、まずは自己紹介ですかね」
と小林先生がそう言うと、マイケルは一番前にいる阿久津くんの前に立った。そして、慣れた母国語で聞いた。阿久津君は「え?」と困ったように返答する。
聞き取れた私は、またお腹を押さえる。
マイケルは優しく微笑み、今度はゆっくりと聞いた。
「What is your name」
今度は聞き取れた阿久津君は「あー。オッケーオッケー。マイネームイズ、アクツ・アキヒト」と答えた。教室内から「逆だよー」という笑い声が響く。阿久津君が何を言われているのか分からない顔をするのを見て、また笑いが起こる。
私は笑えなかった。
嫌だ、回ってきて欲しくない。そんな私の願いとは裏腹に、マイケルは次の席、次の席と移動していく。
そして、私の番が来た。
マイケルは優しく微笑みながら、みんなと同じ質問をした。
私は短く「My name is Yajima」と答えた。マイケルは少し困った顔になって、もう一度聞いた。私は答えない。ちゃんと、答えたじゃない。俯いている私に、小林先生が「次に行きましょう」とマイケルを教壇の前に戻す。マイケルは少し不満げな声を漏らし、教壇へ戻り授業を進めた。
良かった、なんとか、乗り切った。
しかしそれからというものの、マイケルは廊下で私とすれ違う度に「hey Miss Yajima」と両手を広げ私の進路を妨げ、「What is your name」と聞いてきた。私はそれを無視して歩き出す。歩き出した後は追いかけてこない。それはいいんだけど、何せ、この先生はしつこいのだ。
でも、この程度ならまだ良かった。だって、無視したらいいんだから。
大きな問題は、全校集会の時に起こった。
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