重い鎖

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「兄貴、あんたに貸してたモノ、まだ返してもらってなかったよな。返してくれよ」 「ああ、ああ」 田川は見えない何かに怯えるばかりだ。目の前の一条が何処の誰かもわかっていないようだった。だが構わずに一条は言葉を続けた。 「こっちを見ろ。ドス謙、俺を見ろ」 「あはあ。ひい」 田川謙は両手を前に突き出して、赤子のようにイヤイヤをして見せた。 「俺が貸したモノを返せ」 「いやいや。ああ。クスリくれ」 「そうか。返せねえんだな。だったら落とし前つけてもらうぞ」 短ドスを握り締めた右手を振り上げた。その瞬間だった。田川謙は爛々と光る両眼を見開き、野獣の声で吠えたのだった。 「てめえ! 誰に口きいてやがる! それが兄貴分に対する態度か!」 「何だこの野郎。借りたモノも返さねえくせに何が兄貴分だ」 短ドスが閃いた。動脈を叩き斬られた田川謙は、噴水のような鮮血を噴き出しながら床をのたうち回っている。 一条は田川謙に馬乗りとなり、ただ無言で引導を渡した。目を閉じると、初めて訪れた頃の懐かしい古本屋の情景がぼんやり浮かび上がった。茉莉が店番をしながら教科書をひろげ、受験勉強をしている。茉莉が顔をあげた。胸を鷲掴みされたように一条は呼吸が苦しくなった。ふいに現実へと引き戻される。一条は惨殺遺体に馬乗りとなっている。馬乗りしたまま、携帯電話を取り出した。110番通報をする。 「もしもし。警察かい?」 「こちらは警察です。事件ですか。事故ですか」 電話の声に対し、一条はしばらく沈黙していたが、やがて静かに言葉を発した。 「事件だよ馬鹿野郎。人を殺した。自首するからパトカー回してくんねえか」 了
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