重い鎖

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一条は茉莉がヤクザの愛人であることを認めてしまった。女はヤクザの情婦となった時点で堅気ではないと見なされる。堅気でない女はモノと見なされる。モノはただのモノとして貸し借りの道具としてあっちに貸し出されたりこっちに貸し出されたりする。ときには兄貴分やら親分らに無理矢理借りてゆかれることもある。それが縦の繋がりだ。ヤクザ組織もまた、それをした筋者を咎めはしない。ようするに田川謙は一条から借りた茉莉の身体を、誰にも遠慮なしに正々堂々むしゃぶり尽くせるのだった。 頭が割れそうだ。頭が割れてしまうのではと錯覚するほどに痛い。言い訳を必死に考える。茉莉が自分の女であると認めなかったとしても、田川はどっちにしろ茉莉を強姦していただろう。どちらにしても結果は同じだ。同じなのだ。だが本当にそうか。そう思い込みたいだけではないのか。 一条は田川に茉莉を貸したのだ。田川は茉莉を一晩借りて自由自在に犯しまくる。一条は茉莉を貸したのだ。ヤクザ同士のオンナの貸し借りはよくあることだ。これはよくあることなのだ。一条は自分自身に言い聞かせた。 これはこの世界ではよくあることだ。当たり前のことだ。 しかしどんな言い訳もすべてが白々しく、そして虚ろだった。 一条が再び茉莉の古本屋へ足を運ぶことは、もう二度となかった。時がすぎゆくにつれ、いつしか一条の記憶の中から茉莉の姿は消えていった。 三年が過ぎた。三年という年月が長いか短いかは人によりけりだ。一条にとっては長い時間だった。傷害で実刑を食らっていたのだ。繁華街でやけ酒したときに漁船員と口論となり、殴って傷を負わせた。法律は平等ではない。貧乏人と暴力団関係者には、より重い刑罰が科される。普通なら書類の上で済まされるような種類の罪も、暴力団関係者には容赦なく実刑が下される。しかも、一条は組の仕事に関係のない事案で堅気に手を出して怪我を負わせたのだ。当然の結果として、出所のときも出迎えはなかった。 事務所に顔を出すと、若頭の北川は大して懐がるふうでもなく、片手をあげてただ一言「よう」とだけ言った。 またチンピラの仕事の始まりだ。電話番。お茶汲み。お使い。こんなことをしていてもまるで出世に結びつかない。こんな調子では百年経ってもメルセデス・ベンツなど転がせそうにない。
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