重い鎖

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二十分ほども歩くと、見覚えのあるアパートに辿り着いた。築四十年以上にもなる古ぼけたアパートだ。三年前とちっとも変わっていない。 どの部屋の扉にも表札はないが、あの男の部屋はしっかりと記憶している。忘れようにも忘れられぬ。あの男の部屋。曇りガラスの隙間から微かに灯りが漏れている。あの男はいる。まだ寝るには早い時間だ。いや、普通の人間なら寝ていてもおかしくはない時間だが、ヤクザはどいつもこいつも夜型だ。破門になったからと言って、あの男が急に夜九時に寝て朝四時に起きる禅僧のような生活を始めるとも思えない。あの男にとって深夜零時など昼と同じだ。まだ起きているはずだ。一条は扉を叩いた。 反応はない。さては居留守を決め込むつもりか。何の気なしに扉の取っ手に触れてみると、それはするりと回った。扉の内側を覗いて見ると、鎖は掛かっていない。 一条は扉をすり抜けて玄関に侵入し、土足のまま部屋に上がり込んだ。 ごみ屋敷と化した部屋の隅に、目当ての男はいた。すっかり痩せこけて別人のように変わり果てていたが、それは紛れもなく田川謙であった。 「ああ、ああ」 田川謙、かつてドス謙の異名で恐れられたあの男は、両手を振り回して見えない何かを追い払おうとしてそれを果たせず、ただ身体を震わせていた。 「兄貴。久し振りだな」 一条は上着の内側から短ドスを取り出し、鞘を払った。白刃が蛍光灯の光を反射してギラギラと怪しい輝きを放った。
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