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そんな中、近くの通りの陰で、怪しく潜む一人の人物があった。
スラリと背が高いその人物は、この暑い時期にも関わらず、黒っぽい上下のスーツを着て、おまけに真っ黒な革手袋を手に付けている。
無造作に伸びた長い髪は、まるで針金のようなグレーの色をしており、柳の木の間から垣間見《かいまみ》るかのようにして、そこから鋭い眼差しを光らせていた。
怪しい人物は、そのまま物陰に身を潜め、あたかも自分の存在を町の中に、隠しているかのようである。
やがて、その黒っぽい怪しげな人物は、いつの間にか姿を消していた。
それから一時間も経たないうちに、家の中から叶恵の叫ぶ声が響き渡る。
「千恵〜! 千恵〜!」
そして、店の外へと飛び出してくる叶恵。
「千恵〜!」
何度も呼びかけながら、辺りを見回したが、まだ昼前の通りには、何事もなかったかのような変わらぬ空気が流れていった。
叶恵の表情は、いつになく蒼白で、見開いた目は困惑を隠せず、狼狽《うろた》えている。
気狂いにも似た様子の叶恵の姿に、通りかかる人が、訝《いぶか》しげな顔で過ぎ去っていった。
そんな事は今の叶恵には、どうでも良い事で、それよりも信じ難い緊急事態に、冷静さを失い、錯乱に近い状態である。
「千恵〜!」
朝から店内で仕事をしていた叶恵が、ふと家の中にいるはずの千恵へ声をかけたところ、全く返事がなかったのだ。
不思議に思い、二階の部屋やトイレなど細かく隅々まで探して回ったが、千恵の姿はなく返事も返ってこなかった。
まだ5歳という幼い千恵が、それほど遠くへ行ってしまう事は考えにくい。
簡素なクロックスを履いた姿の叶恵は、再び店内へと戻り、付けていたエプロンを外した。
その頃。
商店街の中を歩いていく二人の幼児の姿があった。
しっかりと手を繋いで引っ張っていく銀太と、渋々手を引かれていく千恵である。
「急に迎えにきて、どこに行くの⁈」
千恵が背後から尋ねた。
「・・・母ちゃんを探さないと。」
後ろの千恵も振り返らずに、ただ手を引いていく銀太が答える。
「どこに?」
再び、千恵が問いかけた。
それには何も答えず、手を引いたまま、商店街を歩いていく。
そうして二人が辿り着いたのは、あの占い師の店であった。
「えっ⁈ ここ・・・⁇」
千恵が気が付いてそう言ったが、その時にはもう表のテーブルに座り二人の方を向いている、あの占い師と目が合ってしまう。
妬ましいような目をして二人を見る占い師が、投げかけてきた。
「何だい? また来たのかい。」
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