Side story

85/104
前へ
/104ページ
次へ
結局、千恵と銀太は、暗幕の奥の店内へと通されて、あの陰湿な空気の部屋へ連れて来られていた。 全く来る気のなかった千恵と、どこかすがるように必死な雰囲気の銀太が椅子に座っている。 昼間だというのに、ここだけ薄暗い地下牢のような一室で、占い師が二人に話しかけてきた。 「・・で、また母さんを探すのかい?」 銀太は黙り込んだまま、コクリと頷く。 ちょうどその頃、友人たちとの遊びが終わり帰ってきた貴志が、タコ焼き屋の入口から入った。 「ただいま〜。」 店内には、誰の姿もなく、カウンター席のところに、叶恵が付けているエプロンがかけられている。 「母さん?」 奥の居間へと入っていって、再び呼びかけたが、叶恵の姿はなかった。 その後、貴志は二階の自分の部屋など探してまわったが、静まりかえった家の中は、人の気配すら感じない。 「・・店開けたまま、買い物でも行ったのかな。不用心だな。」 貴志はそんな独り言を言いながら、また調理場の所まで出てきた。 その時、店の前に立つ一人の人物に気が付く。 それは、スラリと背が高く、黒っぽい上下のスーツと真っ黒な革手袋をしている、あの怪しい雰囲気の人物があった。 「・・確かに、ここだと思ったんだが。」 そんな独り言を呟いている。 貴志が入口から姿を現わし、店先に立っていた人物へ声をかけた。 「あ、あの・・タコ焼き、ですか?」 その人物は、無造作に伸びたグレーの長い髪の間から、貴志の方へと黙ったまま見つめる。 気を使いながら、再び貴志が話しを続けた。 「あ、あの、今家の者は出掛けているみたいで・・。あ、もうすぐしたら帰ってくると思いますが。」 黒い姿の人物は、仮面を付けたような無表情で聞いていたはずだが、何も答えず、再び視線を店の方へと移して呟く。 「・・・移動したか。」 それに対して、貴志は必死に対応を試みた。 「あの、もう本当、すぐ帰ってくると思うので、中で座って待たれますか?」 それでも何も返答せず、全くの無表情のその人物は、貴志の顔を見ると、今度は近づいてきた。 貴志は突然の出来事と、黒い格好の怪しい雰囲気の人物に、躊躇《ためら》いを感じながら息を呑む。 その黒い人物は、貴志の目の前で立ち止まると、見下ろすように顔を近づけてじっと見つめてきた。 この状況に、益々戸惑う貴志。 「えっ⁇ ・・・」 そのじっと見つめる時間が長くも感じられたが、実際には数十秒程の束の間であろうか。 やがて黒い人物が、パッと離すと、また独り言のように言った。 「・・・まだ、目覚めてないようだな。」
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加