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そんな事を言われて貴志は、頭の中が困惑するしかなかった。
「えっ⁇ 目覚めてない? ・・・・あ、いや、俺はちゃんと起きてますけど。眠ってないです。」
小声ながらも、貴志が言い返したのも構わず、その黒い人物は何も答えずに、店から立ち去っていった。
貴志は呼び止める事も出来ずに、その後ろ姿をただ見つめるしかない。
「あ〜あ、帰っちゃった・・。仕方ないよな。店にいない母さんが悪いんだから。」
店の前で一人、途方に暮れる貴志。
その頃、地味な服装でクロックスを履いたまま、大通りの方を足早に駆けていく叶恵の姿があった。
「千恵〜!」
遠くの方までキョロキョロと見回しながら、叫んでまわる。
その時々、近くを通る見知らぬ人に、叶恵は声をかけていった。
「あの、すいません。5歳ぐらいの女の子を見ませんでしたか?」
尋ねた人たちは、首を傾げていく。
叶恵は、この雲を掴むような状況に戸惑いながら、今にも呼吸が止まりそうなぐらい探し歩いた。
ふとすぐそこで、千恵が姿を現してくれそうな気がするが、遠い手の届かない所に行ってしまったような感じもする。
叶恵は、あてもなく歩きながら、
「こんな遠くまで、あの子が一人で来るかしら。」
と疑問を抱いた。
遠近のあらゆる見えている場所を見回しながら、視覚は千恵を探していたが、頭では必死に行きそうな場所を思い浮かばせている。
その頃、占い師の店の奥で話していた三人であったが、表の方で誰か呼ぶ声がした。
「あの〜、すいませ〜ん。」
その声に気が付いた占い師が、千恵と銀太に言う。
「あ〜、こんな時に客かな? お前たちは、ちょっとここで待ってろ。」
表に向かって、暗闇の通路へと消えていく占い師。
商店街のある表通りへと、出てきた占い師が見たのは、店の前に立つ50歳代の夫婦の姿だった。
「はい〜、いらっしゃっ〜い。占いかい?」
店先の黒いテーブルの前に、進み出るように立っていたのが妻の方で、夫は遠慮気味にその傍で待っている。
すがるような顔で両手を小さく前で合わせて、じっと占い師を見ながら、妻が小さく頷いた。
それを確認した後、占い師が話しはじめる。
「うちの占いは、よ〜く当たるって有名だよ。前金で、5000円だけど、占うかい?」
占い師はそう言いながら、テーブルの上にある水晶玉を撫でながら投げかける。
コクリとまた小さく頷いた後、自ら持っていたバッグから財布を探しはじめる妻。
その間、占い師は話しを続けた。
「分かるよ〜。何も言わずとも、あなたの名前すら分かるんだ〜。・・・えっ〜と、田中さん、だろ?」
その時、妻を財布を出しながら答える。
「あ、いえ。私は、佐藤です。佐藤 京子です。」
妻。佐藤 京子。53歳。
夫。佐藤 茂。56歳。
占い師は、気まずそうな顔を一瞬浮かばせて、またすぐに話しだした。
「あ〜、そうそう。そうだった。佐藤さんの方だったよ。わざと間違えて言っただけだよ。」
妻が財布からお金を出した時、傍にいた夫がすかさず、その手を掴む。
その阻止に、戸惑う妻であったが、夫が、
「もう良いよ。占いなんて。心配しなくても、これから上手くいくよ。」
まるで諭すように妻に言い、それに従って妻の方もお金と財布をバッグへとしまった。
それを見て慌てた様子で、占い師が言う。
「あれ? お金は⁈ 占いをしないのかい?」
妻の代わりに、
「占いは結構です。行こう。」
と夫が答えて、妻と共にこの場を立ち去っていく。
「あっ・・ちょっと。」
二人を引き止めようと声をかけようとした占い師だったが、夫婦は振り返りもせずに、去っていった。
「チッ。何だい。せっかくの客を逃してしまった。」
悔しさの名残りを晴らせないまま、占い師は少しの間、椅子に座って辺りを見回している。
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