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セトは無表情のまま、右手を広げて身構えながら言った。
「私がその者の頭に手を乗せ、ほんの数秒で『前世』の記憶は無くなり、また『前世』を他人から読み取れる者は、その能力も無くなる。痛みや苦しみは感じない。ただ、その後、私と出会った記憶も無くしている。すぐに終わる。」
「そ、そうかい。パパッと簡単に終わる儀式なんだね。」
占い師が、言い返す。
怯えた顔をしている千恵と銀太。
「『前世』の事を忘れて、あとは今の人生を生きていけば良いだけなのだ。」
そう言いながら、セトはゆっくりと手を伸ばしてきた。
そのまま、身動き出来ずにいる千恵と銀太。
セトの細く長い指をした手が、容赦なく千恵の頭へと伸びてきた。
怖さから、千恵はその場に立ったまま、思いっきり目を閉じる。
その時、バシッという音と共に、占い師がセトの腕を弾き飛ばした。
思わぬ出来事に、少しよろめくセト。
と同時に、占い師が合図のように、千恵と銀太へ投げかけた。
「お前たち! 今のうちに逃げるんだよ!」
ハッとして、まるで我に返ったように千恵と銀太は、この場から逃げ出していく。
あっという間に二人の姿は、商店街の向こうへと消え去っていった。
残った占い師は、ニヤリとしながらセトの方を見る。
慌てた様子もなく無表情のまま、セトは占い師を見て言った。
「こんな事をしても、良い事はないぞ。あの子たちの事を思うなら、『前世』の記憶は無くした方が良いのだ。」
セトは、そう言い残すと、唖然として見ている占い師をそのままに、去っていった子供たちの後をゆっくりと追って行く。
占い師は一人残されたまま、気を取り直してゆっくりと立ち上がると、占いの席へと腰掛けた。
「ふう〜。まったく・・。世の中には、変な者がいるよ。『前世』の記憶を消していくなんて・・。あの子たち、うまく逃げてくれれば良いが。」
占い師は、千恵たちが逃げ去っていった方角をじっと見つめる。
その時、占いテーブルの横へと歩み寄って来た人物に声をかけられた。
「あのう。占い、出来ますか?」
占い師がその人物を見ると、立っていたのは、色白で華奢《きゃしゃ》な体型をし、左目の下に一つホクロがある20歳代の女性であった。
そして、黒い小型犬を抱き抱えている。
「今日は、忙しい日だねえ。」
占い師は、思わず呟いた。
そう言う返答に戸惑う女性。
「えっ? あ、お忙しい、ですか。」
すぐに切り替えるように、占い師は言葉を返した。
「ああ、気にしなくて良いよ。占い屋が忙しいのは、結構な事だ。商売繁盛!ってね。」
その勢いに、やや圧倒される女性。
「あ、はあ。」
抱き抱えられたままの小型犬も、吠える事なくおとなしくしていた。
テキパキと、占い師が話しを進めていく。
「で、占いをしてほしいんだろ? あなたの名前は?」
遠慮のない投げかけに、躊躇しながら女性は答えた。
「あ、私は、更科《さらしな》 紗雪です。」
更科 紗雪。24歳。
「で? その犬の名前は?」
すぐに、次の質問をする。
「え? 犬も名前が必要なんですか?」
「占いによっては、犬が関連する事もあるだろ。それとも、犬には名前付けてないのかい?」
「あ、いいえ。この犬の名前は、ブラッキーです。」
更科は、ブラッキーの頭を撫でながら伝えた。
「は〜い。更科さんと、ブラッキーだね。何を占いたいんだい?」
聞かれた更科は、恐縮しながら話しはじめる。
「あの・・、実は、今年の初めぐらいから、右の胸の辺りに、シコリみたいな物があって・・。それで、あの私が病気とかないのか、占ってもらおうかと。」
そこで占い師は、声を荒げながら言った。
「あのさ。何か間違ってるんじゃないのかい。それなら占いじゃなく、病院に行くべきだろ。」
更科は、まるで説教でも受けているような状態で、申し訳なさそうに言葉を返す。
「あ、はい。その通りなんですけど。私・・病院が嫌いだし。なんか検査とかも、・・怖くて・・。」
それは益々、占い師の怒りの火に、油を注ぐようなものだった。
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