Side story

89/104
前へ
/104ページ
次へ
セトは無表情のまま、右手を広げて身構えながら言った。 「私がその者の頭に手を乗せ、ほんの数秒で『前世』の記憶は無くなり、また『前世』を他人から読み取れる者は、その能力も無くなる。痛みや苦しみは感じない。ただ、その後、私と出会った記憶も無くしている。すぐに終わる。」 「そ、そうかい。パパッと簡単に終わる儀式なんだね。」 占い師が、言い返す。 怯えた顔をしている千恵と銀太。 「『前世』の事を忘れて、あとは今の人生を生きていけば良いだけなのだ。」 そう言いながら、セトはゆっくりと手を伸ばしてきた。 そのまま、身動き出来ずにいる千恵と銀太。 セトの細く長い指をした手が、容赦なく千恵の頭へと伸びてきた。 怖さから、千恵はその場に立ったまま、思いっきり目を閉じる。 その時、バシッという音と共に、占い師がセトの腕を弾き飛ばした。 思わぬ出来事に、少しよろめくセト。 と同時に、占い師が合図のように、千恵と銀太へ投げかけた。 「お前たち! 今のうちに逃げるんだよ!」 ハッとして、まるで我に返ったように千恵と銀太は、この場から逃げ出していく。 あっという間に二人の姿は、商店街の向こうへと消え去っていった。 残った占い師は、ニヤリとしながらセトの方を見る。 慌てた様子もなく無表情のまま、セトは占い師を見て言った。 「こんな事をしても、良い事はないぞ。あの子たちの事を思うなら、『前世』の記憶は無くした方が良いのだ。」 セトは、そう言い残すと、唖然として見ている占い師をそのままに、去っていった子供たちの後をゆっくりと追って行く。 占い師は一人残されたまま、気を取り直してゆっくりと立ち上がると、占いの席へと腰掛けた。 「ふう〜。まったく・・。世の中には、変な者がいるよ。『前世』の記憶を消していくなんて・・。あの子たち、うまく逃げてくれれば良いが。」 占い師は、千恵たちが逃げ去っていった方角をじっと見つめる。 その時、占いテーブルの横へと歩み寄って来た人物に声をかけられた。 「あのう。占い、出来ますか?」 占い師がその人物を見ると、立っていたのは、色白で華奢《きゃしゃ》な体型をし、左目の下に一つホクロがある20歳代の女性であった。 そして、黒い小型犬を抱き抱えている。 「今日は、忙しい日だねえ。」 占い師は、思わず呟いた。 そう言う返答に戸惑う女性。 「えっ? あ、お忙しい、ですか。」 すぐに切り替えるように、占い師は言葉を返した。 「ああ、気にしなくて良いよ。占い屋が忙しいのは、結構な事だ。商売繁盛!ってね。」 その勢いに、やや圧倒される女性。 「あ、はあ。」 抱き抱えられたままの小型犬も、吠える事なくおとなしくしていた。 テキパキと、占い師が話しを進めていく。 「で、占いをしてほしいんだろ? あなたの名前は?」 遠慮のない投げかけに、躊躇しながら女性は答えた。 「あ、私は、更科《さらしな》 紗雪です。」 更科 紗雪。24歳。 「で? その犬の名前は?」 すぐに、次の質問をする。 「え? 犬も名前が必要なんですか?」 「占いによっては、犬が関連する事もあるだろ。それとも、犬には名前付けてないのかい?」 「あ、いいえ。この犬の名前は、ブラッキーです。」 更科は、ブラッキーの頭を撫でながら伝えた。 「は〜い。更科さんと、ブラッキーだね。何を占いたいんだい?」 聞かれた更科は、恐縮しながら話しはじめる。 「あの・・、実は、今年の初めぐらいから、右の胸の辺りに、シコリみたいな物があって・・。それで、あの私が病気とかないのか、占ってもらおうかと。」 そこで占い師は、声を荒げながら言った。 「あのさ。何か間違ってるんじゃないのかい。それなら占いじゃなく、病院に行くべきだろ。」 更科は、まるで説教でも受けているような状態で、申し訳なさそうに言葉を返す。 「あ、はい。その通りなんですけど。私・・病院が嫌いだし。なんか検査とかも、・・怖くて・・。」 それは益々、占い師の怒りの火に、油を注ぐようなものだった。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加