Side story

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次の日。 夕方前、叶恵は店内でタコ焼きを焼いていた。 そこへ、保育園の送迎バスまで迎えに行った貴志が、千恵の手を引いて帰ってくる。 「ただいま〜。」 「あ、貴志。ありがとうね。千恵、お帰り〜。」 調理をしながら、叶恵が笑顔で声を掛けた。 「じゃあ俺は、昌也たちが待ってるから、公園に行ってくるよ。」 「気をつけて行くんだよ〜。」 叶恵が言うと、貴志はもう足早に走っている。 「あ、千恵も行く〜。」 と貴志の後を付いて行きそうな千恵を見て、叶恵が呼び止めた。 「千恵は、私と一緒にいるの。帰ってきたら、遊んでくれるから。」 そう言われて、千恵は俯き加減に入口から店の中に入ってくる。 叶恵は調理を続けながら、諌めるように千恵に言った。 「ほら、この前みたいに、また怖い人に追いかけられたりするかもしれないよ。家にいた方が安心でしょ。」 常套手段とも言える叶恵の強引な説得に、何故か千恵は渋々納得させられ、調理場まで入ってくる。 「あ、千恵。タコ焼き焼いたりしてるから、ヤケドしないようにね。鉄板の近くは熱いから。」 すぐに叶恵が忠告した。 千恵は叶恵に叱られ、貴志の遊びにも一緒に連れていってもらえず、思うようにいかない出来事が続き落ち込んでいる。 それに加えて、叶恵が更なるトドメを刺した。 「千恵。もうこれからは、一人で出掛けてもダメだし、銀太くんと二人で出掛けてもダメ。出かける時は必ず、お母さんか貴志兄ちゃんと一緒に行く事。分かった?」 千恵は仕方なく、頷く。 これで、銀太のお母さんを捜しに、あの時みたいに遠方に行く事は、到底叶わなくなったというわけだ。 千恵は、何もかもうまくいかない状況に、元気を無くしてしまう。 少し脳裏に、銀太の悲しむ顔が浮かんできたが、それも仕方ない事で、今の千恵にはどうする事も出来なかった。 その時、足元に置かれていた50cm程の正方形型の箱に、千恵がゴンッと足をぶつける。 「あ痛っ! ・・? この箱、何?」 そう言われて叶恵は、調理を片手に足元の方へと目を移した。 すっかり、その存在を忘れていた、正方形の箱であったが、改めてそれを見て叶恵の記憶が甦る。 「ん? ・・あ〜、その箱ね。そんな所に置き去りにしていたんだわ。」 叶恵はそう言うと、調理をしている手を止めて、その箱を拾いあげた。 「この箱はね、・・千恵は覚えてないかな。ほら、商店街でやってた夏のイベントがあったでしょ。あの時、千恵がクジ引きして、その時に当てた景品。その時の景品を、少し前に区長さんが持ってきていたのよ。ここに置きっぱなしだったけど。ハハ。」 「景品〜! 何、何? 何が当たったの?」 千恵はもう興奮して、箱の中身が気になって仕方なかった。 「まあ、待ちなさい。今、開けてみるから。」 叶恵がそう言いながら、箱の包み紙を無造作に剥がし、箱を開けていく。 「何〜? お菓子? オモチャ? お人形かな?」 千恵が、顔を近付けて言った。 開けた箱から、中身を取り出してみると、中からシルバー色したバスケットボール程の大きさの巨大ベルが出てくる。 二人は、ほんの少しの間、呆気に取られて無言になった。 「これ・・・何?」 尋ねる千恵に、 「うん・・・。ベルだね。」 とだけ、答える叶恵。 しばらくすると、沸々と疑問から苛立ちへと変わっていき、叶恵が声を露わにした。 「ちょっと、あの区長さん! こんな使えない大きな景品を持ってくるなんて! もしかしたら、景品を間違えたんじゃないの⁈」 その大きなベルを持ち上げて、横から下から叶恵は見回しながら愚痴を言う。 「どうせ持ってくるなら、Aランクのすき焼き牛とかでしょ!」 しかし、何度も見返しても、目の前にある景品は、大きなベル。 叶恵は何度も首を傾げながら、顔に皺を寄せて、ポツリと言った。 「・・ふぅ〜。仕方ない。・・これ、店の前にぶら下げて、お客様用のベルにでも使おうか?」
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