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「そうよ。冴子の両親もだし。友達もみんな心配してるじゃない。それで今回の旅行も、やっとあなたを連れ出したのよ。いつまでも、それじゃダメよ。」
少しだけ笑みを浮かべた冴子が、話を返した。
「はぁ・・。そうね。希《のぞみ》の言う通りよね。あれから私は、仕事も辞めて何もしなくなって、家にこもるばかりで・・・。でも、いつまでもコレじゃダメよね。」
ちょうど、そんな時、偶然にも千恵が、また鐘を叩く。
カラァ〜〜ン、カラァ〜〜ン。
それに気が付いた希の方が、鐘の方を見ながら言った。
「ほらほら〜、冴子。幸せになる鐘の音が、呼んでるよ。ね!」
冴子の方も鐘の方を見て、更に笑顔を見せる。
「フフ。・・そうね。希、ありがとう。」
そこで希は、更に活気ある声で言いながら、冴子の手を引いた。
「そうよ! 冴子!ほら! タコ焼きでも、食べていこうよ!」
そのまま、タコ焼き屋の前まで歩み寄ってくる二人。
すかさず叶恵が、元気に声をかけた。
「はい〜! いらっしゃ〜い! タコ焼きですか〜?」
それに対して、積極的に話をする希。
「あの、タコ焼きを店内で食べれますか?」
「もちろん! 店内にカウンター席があるので、そこでお待ちください。」
叶恵が、笑顔で案内した。
冴子と希は言われるままに、店内へと入り、カウンター席へ並んで座る。
そこでまた二人の客に、叶恵が声をかけた。
「え〜と、タコ焼きは、幾つ焼きましょうか?」
カウンター席の二人は、ニコニコと顔を見合わせて、それに答える。
「あ、えっと、タコ焼き2人分、で良いよね。」
その注文を受けた叶恵は、いつものようにテキパキと調理をはじめた。
「はい〜、タコ焼き2人分ね〜!」
二人の客がタコ焼きを待っている間、調理場から出てきた千恵が、じっと見つめてくる。
「可愛い〜子ねぇ。名前は?」
希の方が、すぐに千恵へと話しかけた。
「・・・千恵。」
やや緊張した様子で、ポツリと千恵が答える。
タコ焼きが出来るまでの待ち時間という事と、子供好きという事の理由で、二人の客は千恵を見ているのが癒しのひとときになった。
その間、千恵の方は、何かを感じていたようだが、ただ二人の客の周囲を行き来している。
「お姉ちゃん〜。」
少しずつ、二人の客と慣れていく千恵。
タコ焼きを焼いている間も、千恵の事を気にかけて時々声をかける叶恵。
「千恵。お客様の邪魔をしたら、ダメよ。」
高音になった鉄板で焼けていく熱気と、こんがりと美味しそうなタコ焼きの香りが店内に広がっていった。
ジューッ、ジューッと焼ける音とともに、汗を拭いながら、細かくタコ焼きを裏返していく作業の叶恵。
その時、店前の道路や屋根に、ポツッ、ポツッと小さな音が途切れ途切れに聞こえはじめた。
最初、調理している叶恵の耳には聞こえない程であったが、やがてそれが気のせいではない事に気が付き、店の前に目をやると、小さな雨雫が、所々に落ちているのが確認できる。
「あれ? 今日、晴れのち曇りって、天気予報は言ってたはずだけど。」
激しい大降りの雨にはならないが、パラパラと静かに囁くように降ってきた。
客の冴子と希も、降り出した外の雨を眺める。
「傘、持ってきてないよ〜。」
そんな時、外のパラパラ雨の中を誰かが走ってくる音が聞こえたかと思うと、まるでタコ焼き屋の店内へと飛び込むように入ってきた二人の人物があった。
「あ〜もう! 何で降り出したの⁈」
そう愚痴をこぼしながら店内に入ってきたのは、スラリと細身で白いTシャツとジーパン姿の堂山 舞、・・・・銀太の母親である。
白黒のマーブルカラーにキラキラしたストーンで飾った派手なネイルが目立つ手で、濡れた髪を掻き上げた。
「ちょっと、タオル借りてイイ?」
舞は、命令しているのか、お願いしているのか分からないような口調で、叶恵に投げかける。
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