Side story

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そうして、数週間経った時の事。 那智は、ついに退院となった。 見違える程に元気になった那智は、医師と看護師に何度もお礼を言っている冴子と共に、病院から家に帰る。 「那智。本当に良かった。本当にあの辛い治療を頑張ったからね。お医者の先生も、とりあえず一週間毎、通院していれば良いと言ってくれたわ。」 「ママ。僕が言った通りだったろ。ママは心配しなくて良いよ。僕は大丈夫だから。」 冴子は、改めて那智をしっかりと抱きしめた。 親子に幸せな生活が戻ってくる。 「良かった。本当に良かった。」 通院生活を送りながら、冴子と那智は小さなアパートで暮らしていた。 そんなある夜の事。 4畳半程の狭い部屋に敷布団を敷いて、二人は眠りにつこうとしていた。 枕元に置いてある豆電球の、頼りない光だけが微かに照らされ、静かな空間を埋めている。 静寂の中、那智がポツリと聞いた。 「ねえ、ママ。」 「・・ん? 何? どうしたの?」 薄暗がりでお互いの顔がよく見えない部屋で、声だけが唯一、相手の耳に届く。 「あのね・・。もしもね。僕が死んだら、どうなるの? 僕は、どこに行くの?」 那智のそんな突然の問いかけに、少しだけ眠りに入ろうとしていた冴子の神経は、再びかき混ぜられて、僅かな鼓動を現実へと戻らせた。 「那智・・。何で、そんな事聞くの?」 「いや・・・なんとなく。どこに行くのか、と思って・・・。死んだ爺ちゃんとか、・・あと、飼ってた猫のミルクとか。みんな、どこに行っちゃったの?」 そんな事を聞かれて、冴子は大きな溜息を一つつく。 「・・ああ。・・・・・うん、そうねぇ。」 黙ったまま、次の言葉を待っている那智。 静まりかえった小さな部屋で、冴子は色々な答えを考えているようであったが、やがて唇を噛み締めた後、言葉を探るように話していった。 「まあ・・、那智だけじゃなく、ママの方がきっと先に死ぬ事になると思うけど。年が上だから。」 「年が上の人が先に死ぬの?」 「う〜ん・・。まあ絶対ではないんだけど、ね。普通は、そういう順番。」 「ふ〜ん。」 「・・それで、ね。多分だけど、『前世』っていうのがあって・・・。あ、コレじゃ難しいか・・・。えっと、死んだ後はね、みんな、また次に別の所で生まれてきて、また子供から大人になって生きていくんだよ。」 冴子自身も、戸惑いながら語っていく。 「へぇ〜。そうなんだ。次の所に生まれていくんだ。次って、どこなの?」 「次っていうのは、どこかも分からなくて、すぐ近くかもしれないし、遠い所かもしれないし。それは誰も分からないのよ。」 「へえ、そうなんだ。僕また、ママの近くが良いな。」 関心したような声で、那智が返した。 冴子は、その言葉をすぐに打ち消すかのように口を開く。 「那智は、まだまだ生きるのよ。子供だから、ずっと生きるのよ。死ぬのはまだ早いの。」 会話のやり取りの中で、いつしか那智の寝息が聞こえてきた。 冴子は、那智を優しく抱きしめて自らも眠りにつくのだった。 そんなある日。 再び、病魔が忍び寄ってくる。 那智が苦しみながら、家の中で倒れていた。 冴子はすぐに救急車を呼び、一緒に病院へと向かう。 至急で検査を行ない、そこで下した医師の言葉は、 「また、再発悪化していますので、入院治療が必要です。」 という残酷なものだった。 待合室で、枯れた花のように倒れ込んだまま泣き崩れる冴子。 「どうして・・また。」 那智は以前にもまして、容体が深刻で意識もなく、ぐったりとしていた。 そんな傍に付き添い、那智を見守る冴子。 那智の幼い体に、点滴や口と鼻にマスクなど至る箇所にチューブなどが張り巡らされ、痛々しい状態であった。 「那智・・。苦しいよね。ごめんね。」 目を開ける事のない那智に、冴子は自然と話しかけている。
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