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久しぶりに握った自動車のハンドルに緊張し、私はオドオドとと忙しくあたりを確認しながら慎重に運転する。
私――武川奈々恵は大学四回生。二十二歳。運転免許をとった大学一年の夏休み以来、実に三年ぶりにハンドルを握った。
そんな私が何故車を運転しているか。それは友達のリコとアンズ。女三人で計画している卒業旅行で便利だからとレンタカーを借りることになり、唯一運転免許を持っているせいで運転を押し付けられたからだ。そして、出発の前日。一人でレンタカーを借りて練習することにした。
ヒヤヒヤしながらしばらく走っていると、案外体は覚えているもので、周囲の車と同じように走れるようになってきた。やるじゃん、私。と気分も軽くなる。
「……右」
ううん? 私の期待を萎びさせるような陰気な女性の声がボソリと聞こえて、私はあたりを見回す。車外ではない近く、おそらく車内から聞こえたような。気のせいかな?
「……右」
また、聞こえた。空耳なんかじゃない。聞き逃すまいと意識していたので、はっきりと車載ナビから聞こえた。しかし、私はまだナビには触ってもいない。それなのに声が出るなんて、故障しているのか。
まさか、これが格安の原因か。
私は車を借りたレンタカー屋を思い出す。やたらと『格安』を押してくるレンタカー屋だった。そんな中でも、このシルバーの自動車は更に格安だった。初めこそ訝しんだけど、特におかしなところも見当たらず、また予算にあまり余裕のない女三人旅。経費を抑えるため仕方なくの選択だった。
故障したナビ。せめて修理しておいてよ。まあ、スマホのナビで代用できるから、ナビが使えない程度で安くなったなら儲けものか。と、自分を納得させる。
とはいえ、ナビから不気味な声が聞こえ続けるのも気味が悪い。路肩に車を停めて、操作しようとした。そのとき、
「だーかーらー、さっきから右だって言ってるでしょう。誰が車を停めなさいって言ったのよ!」
突然、ナビではなく助手席から鮮明に聞こえた声に驚いて、私は息が止まりそうになった。心臓は体を貫いて飛び出さんばかりにバクバクと鳴っている。無機質でも陰気でもない、不満に満ち溢れた女性の声。
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