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「予言の魔女は、私のところにも来たの…」
「…え?」
「未来は一つ、諦めろ、男を愛するなら…名を呼ばれても振り向くな…」
「…っ!」
「私が死なないと、貴方が…」
ごほっ、と血を吐き出す音がして、ティアの身体がズルズルと力無く足元から崩れ落ちてゆく。
「最後に…朝ご飯一緒に…れしいか…た」
「ティア!」
崩れ落ちる小柄な身体を、思わず抱き止める。
流れ落ちる血にまみれ、抱き締めた腕の中で僕を見上げたティアの表情は、怒りでもなく嘆きでもなく、いつものように柔らかい微笑みだった。
「世界を…ま…もるには、こうする…しか…ルークス、王様…なっ…いい国…て」
「君は、その事も聞いたのか!?ああ!ごめん、ティア!君を騙して利用した、なのに最後の最後で僕は迷って…」
「違う…ルークス…わた…魔王…あ…勇者」
「愛してる!始まりは偽りだったけれど、僕は今、君を確かに愛している!」
剣は心臓からズレてはいた、しかし、肺と近くの動脈を断ちきってしまったに違いない。
傷口から吹き出す血液の量と、口元から苦しそうな呼吸音と共に溢れる血が、徐々に彼女から声と命を奪ってゆく。
「愛してるんだ君を!失いたくなかったんだ、だから剣を!剣先を反対に…ああ!!」
「うれし…わ…たしも…あ…あい…し」
笑いながら、ティアが咳込む。
その拍子に、赤い血が…彼女の命の源が零れて、抱き締めている身体からも僅かに残った温もりを奪ってゆく。
ティアの薄めの唇に寄り添うようにある、小さなホクロ。
そこに、悪戯心でキスをすると、くすぐったそうに笑う、照れた表情が可愛くて何度も繰り返した。
それが、溢れ出す血にまみれるのに耐えきれず、何度も何度も、震える指先で彼女の口元を拭う。
「ま…た…あい…」
「ティア!」
ごほり、と大きくむせて。
震えも、微笑みも、瞳の光も、鈍く濁って消えていく。
音をたてて、彼女の腕が床に落ちた。
「あ…ああ!!」
その日、愛しい人の亡骸を抱き締めて、僕はただ、泣き続けた。
ティアの温もりを失った僕の心も、この時、共に死んでしまったのだろう。
僕はその後、魔王の器を失い、新たに生まれでる仲間さえも失って大きく戦力を削がれた魔物を、残滅するように討伐するだけの日々に明け暮れた。
気付けば、魔物や人の区別無く、屍を玉座にして座ったのは僕の方だった。
何故なら、あらかた討伐を終えた僕は荒れ果てた国を父から受け継ぎ、大掛かりな血の粛清をもち、乱れきった国政を力ずくで矯正したからだ。
逆らう者は容赦なく切り捨て、首をはね、只ひたすらに、ティアが望んだ豊かで笑顔に満ちた「良い国」を作り上げる事に没頭した。
「皆よ、今まで苦労をかけた…あとは、我が王弟の子、ダグラスに任せる」
「…御意」
僕は、長年に渡り座り続けた玉座から腰を上げ、頭を垂れる忠臣達を見下ろした。
長い政務に日々明け暮れ歳をとり、王位を退く時が来ると、僕は、弟の子供の中から一番己に近い思考と能力を兼ねた者を選び、自ら教育を施し次なる王に指名した。
なぜなら、僕は愛娼どころか正妃すら作らなかったからだ。
一から治世を作り、導き、豊かに保ち。
ティアのための国を作り続けた僕に、彼女以外の存在はいらなかった。
どこにいても、何をしても、幻の彼女が喜ぶ姿を想像しながら作り上げた、彼女のための国だ。
誰かに横に並ばれても、僕はその人を愛せない。
色々な意味で、相手を不幸にしか出来ないのは確かな事だった。
ダグラスが王位についたのを見届けた僕の身体は、長年に渡る無理が祟ったのか、急激に悪くなっていく。
やがて、死を待つだけになった僕は、愛と美を司る主神である女神に願った。
( 生まれ変われるなら…なりたいんだ )
彼女を犠牲にし、造り上げたこの世界を、ティアと僕の子供とも言えるこの国を、新たに生まれくる魔王に壊されないように。
震えるしわしわの両手を、胸元で組み合わせ祈る。
「どうか、僕を永久なる魔王にして欲しい」
彼女の死を、無駄にしないように造り上げたのが、この国ならば。
愛する者を手にかけた罪は、次に生まれる勇者に首を落とされ、その新たなる死をもって償わなくてはならない。
どうか、女神よ。
愛する者を手にかけ、それゆえに誰も愛する事が出来なくなったまま死する男を哀れと思うなら、一片の慈悲を。
魔物を生み出し、自由に操る傀儡の魔王となり、あれらを押さえつける力を与えよ。
僕はこの首を、命を、次の勇者に捧げよう。
そして、死んだなら、また新たなる器に生まれ変わり、次の勇者を待つのだ。
この国の、とこしえなる安寧の為ならば、いく数万の死など恐れはしないのだから…。
時は過ぎ。
僕は今、正にその時を迎えていた。
「さあ!待っていたぞ勇者!僕を討て、この世界のとこしえなる安寧のために!!」
「…嘘っ!こんな所で貴方を見つけられるなんて!?」
「はっ!一体何を」
「ルークス、私が分からないの!?」
分からないの?て、筋肉美男子のおネエさんに知り合いはいない。
だが、分からないの?と聞かれると、何となく、もの凄く遠い何となくだが、見覚えがあるような気にもなる。
僕は瞳を皿のように細め、魔王の玉座から勇者を見下ろした。
美形。
ごつい。
デカイ。
オネエ…。
「知らん!」
「身体!身体ね!そうね、私、あの時に比べたら胸も無いし、身体もパツパツで分からないかもしれないわよね、うん、理解した!」
「なにを?」
飲み込めない事態に、僕は玉座から立ち上がり、いつでも威嚇で黒雷を落とせる準備に集中し始める。
僕は殺されなくてはならないのだから、勇者御一行には当てないように黒雷を落とすため、緻密なコントロールをゆうするのだ。
「遊びだと思っているなら、間違いだぞ!」
「遊びで討伐隊組まないわよ!良く見てよ、私、私よ!見ても分からない?本当に?」
ん?
僕は思わず、首を傾げた。
んん?女神よ、君には一片の慈悲すらなかったのかい?この勇者、なんか変だぞ?
更に首を深く傾げる僕の目の前で、さっきまで凛々しく毅然とした態度で僕に剣を向けてきた勇者が、涙を浮かべて僕を見ている。
なんだろ?この展開?
勇者が、晴れの舞台である玉座の間に駆け込んで来たら、突然、ハッとした。
と思ったら、急に泣きながら、女性らしい言葉使いで話しかけてきたんだが?
ほら、パーティーを組んでた面々だって、ギョッとして彼を見ているではないか。
しかも、僕の前世の名前を叫んだ。
でも、僕の態度に変化が無いと分かると、パシンッ!て音がするくらいの力で口元を覆い、更に激しく咽び泣きをしだしたよ。
引くわ~、正直、マジで引くわ~。
「…?」
でも、その泣きかたに、どこか昔見たような近視感を覚える。
よくよく見れば、その少しだけ癖のある金色の髪も、泉のように澄んだ青い瞳も、薄めの唇に寄り添うように存在している小さなホクロにも、僕はありありと前世の彼女の面影を見いだせてしまい、驚愕でつい、その名を口にした。
「…ティア!」
「やっぱり!ルークスなのね!!」
魔王の玉座の前に立ち尽くしていた僕の胸へと、ティアが…いや、元ティアであった勇者ティーダスが、猛然と飛び込んできた。
「がふうっっ!!」
口から、内蔵出るかと思った。
破壊力が半端ねぇ。
思わぬ再会に感動したのか、昔のか弱いティアのように、筋肉美男子のティーダスが思い切り僕の身体を抱き締めた。
ミジミジと、僕の身体が軋む音がする。
ここで、再度言わせてもらおう。
ティアは、今はティーダスという男性で、勇者で、ガタイが物凄く良かった。
そして、僕は魔物を生み出す母体…つまり女性であり、しかも成体へ羽化したばかりのホヤホヤ魔王である。
しかも、まだ魔物を出産するという大仕事の経験が無い、貧弱、かつ小柄な少女だ。
ここ、大事だから繰り返しておこうかな?
うん、繰り返そう。
相手は目測身長、190センチ。
推定体重、65キロ。
細いが、無駄の無い筋肉に覆われた身体は胸筋ムッキリ、腹部はシックスパック、大臀筋めは不届きな仕事師でキュッと上向き。
全体的な総合筋力、99。
かたや自分、身長たぶん145センチ。
思い出す、遥か昔の記憶体重33キロ。
細い、通り越して骨皮筋江氏。
全体的総合魅力、乳無し、腹あり、括れ無し…の、悪魔的に立派な幼児体型、筋力0。
魔王演出の為とはいえ、こんな服着て人前に晒すとか、数いる他魔王に本当に謝りたい。
つまり。
ドラゴンと、萎びた小豆くらい違うのだ。
「テ…ティア、出る、色んな意味で危ない」
「え?」
「僕はまだ、器に魔霊を受け入れ魔王に羽化したばかりだ。ほら、昔、君が見せてくれただろ?白いセミ…」
「ああ、羽化したばかりのセミね!」
「そう、僕の身体は今、あのセミと同じだ」
そう、これが僕の作戦だった。
貧しい村から抜け出して、自力で魔王の森まで来たのが一年半前。
魔王に羽化してすぐに、城を魔力で具現化し魔王の眷属であるドライアドで城を囲った。
魔魂を取り込み、受胎することは魔物を生み出すということだ。
母体となれば、身体も急激に成長はするが、魔物を生み出し平和を壊す真似など出来る訳もなく、僕は肉体的成長を諦めた。
とりあえず、魔魂を一握り取り出して、お腹に入れる代わりにコネコネと、粘土細工よろしく3匹の魔物を作り出した。
依り代を魔魂で作り、僕の魔力を分け与えた魔物は特別で、意志疎通ができた。
その内の一匹を王都へ送り出し、現国王に魔王復活しましたよアピール宣言をさせに行かせたのは、かれこれ一年以上前だったか?
( …そういえば、あのドラゴン帰って来ないけど、どこで遊んでるんだろう? )
下手くそな、粘土細工のようなドラゴンを、唐突に思い出した。
おかしいな?走馬灯かもしれん…。
追加で弁明させてもらえば、勇者カモン!と魔王城の門扉を開き、現国王の命を受け魔王城に乗り込んで来るであろう勇者御一行を害し、無駄に体力を消費させるような罠を解除して回るのに忙しかった。
城に近付く迷い人は、ドライアドが旨いこと外へ誘導し放逐する、キャッチ&リリース方式で情報を隠蔽。
勇者御一行以外には、城に近付く事が出来ないよう日々気を付けてきた。
ゆえに、自力ではまだ一匹も生み出していない真っ白な身。
生まれたてのセミと、まさに一緒の状態だ。
それも、これも、この日を無事に迎える為だったのに…。
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