12.あの人に似た彼と(篠原花菜)

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12.あの人に似た彼と(篠原花菜)

「篠原さん、これ確認をお願いします」 「分かりました」  資料を渡された花菜は、資料を渡しても席に戻ろうとしない同僚の姿に首を傾げた。 「どうしました?」 「何か、篠原さんいつもと雰囲気が違う気がして」 「そんな事ないと思うけど…」 「いや、違う気がします」  そう言うと、同僚が距離を縮めてきた。 「週末、何か良いことありました?」 「週末?」  同僚の言葉で真っ先に浮かんだのは、喫茶店で出会った健太の姿だった。 「あっ!やっぱりあったんだ。何にがあったんですか?」  同僚の言葉に花菜は、慌てて自分のパソコンに目を戻した。 「何もないです。それより、これ早く確認しないといけないから」 「篠原さんの意地悪。教えてくれてもいいのに」  同僚は、諦めて席へと戻っていった。  同僚が席に戻ったのを確認すると、花菜は、自分の顔に手を当てた。 (そんなにいつもと違うかな)  花菜は不思議に思いながらも、同僚の質問に真っ先に健太を思い出した自分に少し呆れてしまった。 (彼が、修哉に似てるからって言っても本人じゃないのに…)  そして、週末、約束の土曜日がやってきた。  花菜は、ベッドから抜け出すと、カーテンを開けた。外は梅雨真っ盛りという感じの生憎の曇り空だったが、花菜は気合いを入れた。 「さあ、準備しますか」  訪れる時間を約束していなかった事に、後で気がついた花菜は、それならばランチが混む前にお店を訪れようと思っていた。 (確かランチメニュー以外には確か食事のメニューもあったよね)  せっかくだからと、花菜は、喫茶店で軽食を食べようと少しワクワクしながら準備をした。そんな中、テーブルの上の携帯が鳴った。画面に表示された名前を見た花菜は、一瞬電話に出るのを躊躇してしまった。 「もしもし、爽太?どうしたの?」 「どうしたのって。暇かなと思ってランチのお誘いだよ。引っ越し延期になったんだろ」  それは、爽太からの電話だった。 「ごめん、今日はちょっと用事があって」 「用事?買い物とかなら付き合うよ」 「違うの。ちょっと人に会う用事があって」 「そっか。じゃあ、ランチはまた誘うよ」 「うん、またね」  電話を切った花菜は、爽太に何か後ろめたさを感じていた。爽太には喫茶店で修哉に似た人に会った事は話してはいなかった。ましてや、告白をしてくれた爽太に、修哉に似た彼に会いに行くとは言えなかった。 「別に今日は、あの人に借りたタオルを返しにいくだけだし」  何故か花菜は自分に言い訳をするように、独り言を呟いた。  喫茶店の近くまでやってくると、健太が店の前に立っているのが見えた。その姿を見た花菜は慌てて喫茶店まで走った。 「どうしたんですか?」  花菜の言葉に健太は苦笑いを浮かべながら、ドアに貼られた紙を指差した。 「実は、今日臨時休業になっちゃったんです」 「私がお店お休みなの知らないから、お店の前で待っていてくれたんですか?」 「わざわざ足を運んで頂いたのに、また来て頂くのは申し訳なかったので。本当なら連絡出来ればよかったんですが…」  今さらなが、健太の言葉に花菜は、万が一の時の連絡先を健太に渡していない事に気がついた。 「あっ、そうですよね。すみません、連絡先をお渡ししておくべきでした。そうすればお待たせする事もなかったのに…」 「そんな謝らないでください。わざわざ洗濯までして頂いてこちらこそ申し訳ないです」 (私は、時間の約束をしていなければ、連絡先も渡していなかった。もしかして開店時間からずっと待っていてくれたのかしら。やっぱり申し訳ない…)  花菜は、言葉に詰まってしまった。 「あの、俺お腹空いちゃって。良かったら早めのランチとかどうですか?」  落ち込む花菜に健太はいたずらっ子のような笑顔を浮かべながら優しく話しかけてくれた。 「うちのマスターのコーヒーには負けるけど、美味しいコーヒーと軽食が食べれる店を知っているんです。どうですか?」 「はい。実は私も朝ごはんを食べていなくて。是非、ご一緒させてください」  花菜達は、一緒にその店へと向かう事にした。そのお店は駅の反対側にあるらしく、私達は商店街ふらふらしながら向かった。 「あれ、健太くん、今日はお休み?」 「よお、健太。この前はありがとうな」 「お兄ちゃん、また遊んでね」  商店街を歩くと、健太は年齢問わずたくさんの人に声をかけられた。 「店員さんは、人気ものなんですね」  花菜の言葉に健太は苦笑いした。 「みんな優しくしてくれるんです。というか、自己紹介まだでしたね。俺、佐藤健太と言います。だから、店員さんだとちょっと恥ずかしいので、名前で呼んでもらえると嬉しいです」  そう言って、健太は頭をかいた。 「すみません、そうですよね。私は、篠原花菜と言います」  花菜が自己紹介をした時、健太のお腹の音が大きくなった。 「では、篠原さん。急ぎましょうか。実はもうお腹が限界で…」  彼は恥ずかしそうに言った。それを見た花菜は失礼ながらも健太をかわいいと思ってしまった。 「分かりました。じゃあ、急ぎましょうか」  花菜達は、足早にお店へと向かった。  そのお店は、健太が働く喫茶店と比べると少しカジュアルな感じの店構えだった。  花菜は席につくと、メニューを広げた。メニューにはサンドイッチやオムライス、スパゲッティーなどたくさんのメニューが並んでいた。その中でも花菜は具沢山のサンドイッチを選んだ。 「篠原さん、決まりました?」 「はい、サンドイッチとコーヒーにしようと思います。佐藤さんは、何を選んだんですか?」 「俺は、ここのナポリタンが好きで。それとコーヒーにしようと思います」  健太は、店員さんに花菜の分も一緒に注文をしてくれた。 「そうだ!忘れないうちにこれを。ありがとうございました」  花菜は、健太にタオルを返した。 「こちらこそ。わざわざありがとうございます」 「あの日、本当に助かりました。それにコーヒーも美味しかったです」 「本当ですか?コーヒー、喜んで貰えて良かったです。もっと練習するので是非また飲みに来てください」 「はい」  花菜は健太に返事を返しながらも笑ってしまった。 (佐藤さんは、やっぱり修哉に雰囲気が似ている。一緒に話しているとまるで修哉と話しているみたい) 「どうかしました?」 「いえ、何でもないんです」  そんな会話をしていると、花菜達の前に料理とセットでつくサラダとカップスープが並んだ。 「冷めないうちにいただきましょうか。佐藤さん、お腹ペコペコなんですよね」 「篠原さん、ちょっと意地悪ですね」 「すみません」  花菜がからかうと、健太は恥ずかしそうに顔を赤らめるので花菜はまた笑ってしまった。  花菜はこの瞬間、本当に心から幸せだと思った。
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