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13.穏やかな土曜日(佐藤健太)
「え!臨時休業ですか?」
マスターから臨時休業をつげられたのは、木曜日の閉店間際だった。
「実は、急に田舎にいかなくては行かなくなってね。何とか日曜日はお店を開けられるようにしたいとは思っているんだけどね」
「そうですか…。分かりました…」
健太の頭に浮かんだのは、もちろん土曜日に来店予定のあの赤い傘の女性だ。
健太は、彼女の連絡先は知らない。だからもちろん彼女にお店が臨時休業になると知らせる方法はないのだ。
(どうしよう…。きっと彼女はお店にくるよな…。タオルをわざわざ返しにきてくれるのに、店が休みでまた来てもらうのは、悪いよな)
悩んだあげく、健太は、土曜日お店の前で彼女が来るのを待ってタオルを受けとる事にした
「やばい!寝坊した」
土曜日の朝、健太は布団から飛び起きると、慌てて準備をはじめた。
昨日の夜、何故か健太は、なかなか寝付けなかった。そのせいか、健太はまんまと寝坊してしまい、着替えが終わると慌てて家を飛び出し、お店まで走った。
前回の来店時間から考えても、彼女がモーニングの時間帯に来ることはないだろうと健太は思っていた。
しかし、それでもやっぱり念のため早めにお店に行こうと考えていた。でも、実際に店に着いた時には健太の腕時計は9時半を回っていた。
(大丈夫かな?まだ彼女が来てないといいんだけど)
健太は、慌ててまわりを見渡したが彼女らしき人影は見つけられなかった。そのため、そのまま店の前で彼女を待つことにした。
「健太、そんなところでなにしてるんだ?」
「ちょっと、知り合いと待ち合わせです」
彼女を待っている間、健太は、商店街の人から何をしてるのかと不思議そうに尋ねられた。健太が、知り合いを待っていると答えると、何故かみんな含み笑いを浮かべて去っていった。
(なんだよ、みんな…)
お店の前に立って一時間ぐらい経った頃、誰かが走ってくる音が聞こえた。健太がその方向に目を向けると待ち人が走ってくるのが見えた。
「どうしたんですか?」
彼女が慌てて走ってくる姿が可愛くて、健太は、笑ってしまうのを必死に堪えながら、ドアに貼られた紙を指差した。
「実は、今日臨時休業になっちゃったんです」
健太の言葉に花菜は目を丸くした。
「私がお店お休みなの知らないから、お店の前で待っていてくれたんですか?」
「わざわざ足を運んで頂いたのに、また来て頂くのは申し訳なかったので。本当なら連絡出来ればよかったんですが…」
「あっ、そうですよね。すみません、連絡先をお渡ししておくべきでした。そうすればお待たせする事もなかったのに…」
彼女の顔がどんどん曇っていくのに気がついて、健太は慌てた。
「そんな謝らないでください。わざわざ洗濯までして頂いてこちらこそ申し訳ないです」
健太は、必死にその場を取り繕うとしたが、彼女はますます落ち込んでしまったようで、下を向いてしまった。そこで、健太は雰囲気を変えるべく彼女にもう一度話しかけた。
「あの、俺お腹空いちゃって。良かったら早めのランチとかどうですか?」
すると、彼女も戸惑いながらも顔を上げてくれた。
「うちのマスターのコーヒーには負けるけど、美味しいコーヒーと軽食が食べれる店を知っているんです。どうですか?」
戸惑いながら言った健太の言葉に彼女はやっと笑顔を見せてくれた。
「はい。実は私も朝ごはんを食べていなくて。是非、ご一緒させてください」
健太達は、一緒に駅向こうの店へと向かう事にした。そこで、二人は駅に向かって商店街ふらふらしながら向かった。
「あれ、健太くん、今日はお休み?」
「よお、健太。この前はありがとうな」
「お兄ちゃん、また遊んでね」
すると、商店街の人にやたらと声をかけられた。
(あれ?みんなどうした?)
声がけもそうだが、何故か自分達を見る商店街の人達の顔が少しにやけているように見えるのは気のせいだろうかと健太は不思議に思っていた。
「店員さんは、人気ものなんですね」
健太が不思議そうに思っていると、彼女がにこやかに話しかけてくれた。
「みんな優しくしてくれるんです。というか、自己紹介まだでしたね。俺、佐藤健太と言います。だから、店員さんだとちょっと恥ずかしいので、名前で呼んでもらえると嬉しいです」
そう言って、健太は頭をかいた。
「すみません、そうですよね。私は、篠原花菜と言います」
彼女が自己紹介をしてくれた瞬間、悲しい事に健太のお腹が大きく鳴った。
「では、篠原さん。急ぎましょうか。実はもうお腹が限界で…」
健太は恥ずかしさを隠すべく早口で花菜に言った。すると、花菜は笑いを堪えながら頷いてくれた。
「分かりました。じゃあ、急ぎましょうか」
健太達は足早にお店へと向かった。
健太は、少しドキドキしながら花菜に店を紹介した。お店を見た花菜の表情を見るからには、悪い印象を持っていないようで健太は少し安心した。
メニューを広げ、目を輝かせて選んでいる花菜を見て、健太は不思議な感覚におちいっていた。
まだ健太と花菜が会うのは2回目なのにどこかこの光景に懐かしさを感じていたからだ。
「篠原さん、決まりました?」
「はい、サンドイッチとコーヒーにしようと思います。佐藤さんは、何を選んだんですか?」
「俺は、ここのナポリタンが好きで。それとコーヒーにしようと思います」
健太は、店員さんに二人分の注文をした。
「そうだ!忘れないうちにこれを。ありがとうございました」
花菜は、タオルを健太に差し出してきた。
「こちらこそ。わざわざありがとうございます」
「あの日、本当に助かりました。コーヒーも美味しかったです」
「本当ですか?喜んで貰えて良かったです。もっと練習するので是非また飲みに来てください」
健太は花菜の言葉が嬉しくてつい前のめりで話してしまった。すると花菜は、笑いながら、はいと頷いてくれた。
「どうかしました?」
(やばい、勢いでしゃべりすぎたかな?)
「いえ、何でもないんです」
花菜はやはり笑い堪えながら答えてくれた。
そんな会話をしていると、健太達の前に料理とセットでつくサラダとカップスープが並んだ。すると、花菜は少しイタズラな笑顔を浮かべた。
「冷めないうちにいただきましょうか。佐藤さん、お腹ペコペコなんですよね」
「篠原さん、ちょっと意地悪ですね」
「すみません」
健太が少しいじけたような返しをしてしまうと、また彼女は笑った。
不思議にも、彼女とのこんなやりとりが、健太はとても心地よかった。
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