15.新たな友人と(佐藤健太)

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15.新たな友人と(佐藤健太)

 あの日から、篠原さんは毎週土曜日に喫茶店を訪れてくれるようになった。  篠原さんはいつもランチで混む少しまえに来店して、コーヒーを一杯だけ飲んで帰って行く。その時間帯は、店が空いている事もあり、その短い時間に篠原さんと健太はいろんな話をする事ができた。昔からの知り合いのように話が合う健太達は、いつの間にか知り合いから仲が良い友人と呼べるくらいに関係が変わっていった。  気がつけば季節は、憂鬱な梅雨を通りすぎ、暑い夏へと変わっていた。  健太は、篠原さんと話をしていて楽しかったし、もう友人と呼べるくらいに仲良くなったと思っていた。  しかし、二人が呼び合うのはお互いに名字でどこか距離があるように健太は感じていた。だからある日、名字で呼ぶのをやめて下の名前で呼びあわないかと健太は、花菜に提案した。 「俺の事、みんな下の名前で呼んでるから篠原さんも下の名前で呼んでほしいな。友達なんだし、互いに下の名前で呼ぶのはどうかな?ずっと名字で呼ばれているとなんか他人行儀な気がしてさ」  健太の言葉に篠原さんは一瞬複雑そうな顔をした。 「ごめんなさい。まだ、お互い名字がいいかな。それに、私が佐藤さんの下の名前で呼んでたら佐藤さんの思い人に変な誤解されちゃうかもしれないし、困るでしょ」  篠原さんは、最後はからかうように健太を見た。 「それは、…」 「ねっ、そうでしょ?」  未来ちゃんの事を言われた健太は、納得するしかなかった。篠原さんに未来ちゃんの事を話したのはほんの少し前の事だった。 「篠原さんって好きな人います?」 「好きな人?あっ…、うん。佐藤さんは?」 「俺もいます」 「えっ?どんな人?」 「みんなには内緒ですよ」  そういうと、健太は篠原さんの耳に口を近づけた。 「近所のパン屋さんの女の子です」 「パン屋ってこの喫茶店から近くのあのパン屋さん?」 「はい」  健太が恥ずかしそうに言うと、花菜は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤッと笑うと健太の服を引っ張った。   「どんな子?」  健太は、恥ずかしそうに顔を赤らめた。 「年下で、笑顔がかわいいんです」 「名前は?」 「言わないと駄目?」 「いいじゃん。教えて?」 「未来ちゃんっていいます」 「未来ちゃんか。かわいい名前だね」 「いつ告白するの?」 「いや、まだそれは…」  告白できず、うじうじする健太を見て、篠原さんはため息をついた。そして、早く告白しないと駄目だと叱った。 「あのね、佐藤さん。私昔大好きだった人がいたの」  そう言った篠原さんの顔は寂しげだった。 「でもね、その人とはもう会えなくなっちゃったんだ。それでね、今すごい後悔してるの。伝えたい事がたくさんあったのに、何でちゃんと伝えなかったんだろうって…」 「篠原さん…」 「だからね、佐藤さんには後悔して欲しくないんだ」  そう言う篠原さんの目にはうっすらと涙が浮かんでいて、健太は棟が苦しくなった。篠原さんは、健太に会えなくなった理由を教えてはくれなかったが、篠原さんがその人をどれだけ愛していたかは健太にも分かった。  あの日以降、篠原さんがその人に関して話す事はなかった。あの日話していた好きな人がその彼を指しているのかは分からないが、篠原さんの中にはその彼への気持ちがまだ残っているのだと健太は思った。 「告白する日は決まったの?」  健太がその時の事を思い出していると、ふいに花菜に話しかけられた。 「来月の未来ちゃんの誕生日にしようかなって」 「そっか。頑張ってね」   篠原さんの笑顔を見ながら、しっかり者で優しい彼女にも幸せが早く訪れて欲しいと健太は、心から思った。  それからしばらくたった頃、篠原さんは男と一緒に喫茶店にやってきた。一瞬、健太はその男が前に言った好きな人なのかと思ったが、店に入ってきた篠原さんの顔にいつもの笑顔はなかった。 「いらっしゃいませ」  水を篠原さん達の前に置くと、何故か男の方が健太の顔を見て驚いた顔をした。 「何か?」  健太が、男の方に尋ねた時、篠原さんが突然立ち上がった。 「佐藤さん、ごめんなさい。今日は帰ります」 「え…?」 「爽太、行こう」  篠原さんは、俺の言葉を無視するように爽太と呼んだ男の手を引くと店から出ていった。  健太は、心配になって篠原さんの携帯にメッセージを送った。 『今日はどうしたの?大丈夫?』  なかなか既読がつかなかったが夜遅くなってやっと篠原さんから返信がきた。 『今日はごめんなさい。大丈夫だから気にしないで。あと、しばらく忙しくてお店には行けそうにないかな。ごめんね』 『分かった。落ち着いたらまた遊びにきて』 『うん、ありがとう。あと、告白頑張ってね』  そして、篠原さんからは頑張れと言う意味のスタンプが送られてきた。 『ありがとう。頑張るよ』  健太は、篠原さんのメッセージの文面から何故か悲しげな顔が浮かんだ。 「本当に大丈夫なのかな…」  健太は、篠原さんに電話をするべきが悩んだが、結局それをする事はなかった。  なぜなら、健太が距離を縮めようとするたびに、何故か篠原さんは逃げていく。そんな風に健太は感じているからか、どこまで踏み込んでいいか分からずにいた。 (もっと、俺も彼女の力になってあげたいのに…)  最近、健太は時々分からなくなっていた。時々感じる彼女への気持ちが友人に対しての感情なのか、それとも…。  そんな時に思い出すのは、篠原さんが未来ちゃんと上手くいくようにと応援してくれたあの笑顔だった。 「そうだよな。俺が好きなのは未来ちゃんなんだから」  その言葉はまるで健太が自分にいい聞かせるような、そんな言葉だった。
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