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16.引きずる思い(篠原花菜)
「篠原さん」
「あれからどうですか?」
花菜は、お昼休憩から戻ると同僚に話しかけられた。
「あれってなんの事ですか?」
「この前、良いことあったんですよね?その後どうなったのかなと思って」
そう言って、笑みを向ける同僚から花菜は視線をそらした。
「特にないっていったじゃないですか」
「そうなんですか?でも、…」
「何もありません」
花菜の語尾が強かったからか、同僚は何も言わずに離れて言った。
(こんなの八つ当たりだ…)
同僚に対して、語尾を荒げてしまった事に花菜は自己嫌悪におちいっていた。
「もう、彼とは距離を置こう」
そう決めてから、花菜は本当に喫茶店を訪れるのをやめた。もちろん、健太とも連絡を取らなかった。
そんな花菜を、爽太は気晴らしにと、相変わらず休日のランチや飲みに誘ってくれるが、花菜はその誘いを断っていた。
「ごめん、爽太。やっぱりやめとく」
「気分がのらないのも分かるけどさ、たまには外でご飯食べるのもいいと思うよ」
「分かってる。でも、やっぱり今はちょっと無理なの」
「分かった…」
毎回誘ってくれる爽太の誘いを断るのは、心苦しかった。でも、何故か今はそんな気分になれないのだった。
花菜にも分かっていた。友達と会えないだけでこんな気持ちになるわけがないことを。でも、それと同時にこの気持ちを彼に伝える訳にはいかないことも分かっていた。
なぜなら、彼には既に思い人がいるし、花菜自身も今抱いているこの気持ちに自信が持てずにいたからだ。
(私が抱いている思いは、佐藤さんに向けてなの?それとも、彼が修哉に似ているから、修哉に対してのせつない気持ちを誤解しているだけ?)
その答えが出ない時点で、この気持ちを伝えるべきではないし、彼に会うべきではないと、花菜は決めたのだった。
花菜は、自分の気持ちに蓋をして彼と離れると決め、最近、やっと少しずつだがそんな生活に慣れはじめた。
それなのに、神様は意地悪だ。突然彼が花菜の前に現れたのだ。
その日、花菜は珍しく仕事が早く終わり駅へと急いでいた。
(久しぶりに爽太に連絡してみようかな)
ずっと爽太からの誘いを断っていた事もあり、花菜は携帯を取り出し爽太にメッセージを送ろうとした、その時だった。
「篠原さん」
突然かけられた声に驚いて花菜は振り返った。
(え?なんで?)
目の前に現れた健太の姿に花菜は固まってしまった。
「佐藤さん?どうしてここに」
震えそうになる声を必死に隠しながら、花菜は健太に尋ねた。
「未来ちゃんと待ち合わせ。でも、仕事が長引いているみたいで今時間を潰せそうな所に行こうかと思ってたんだ」
(そっか、そうよね…)
ある意味予想通りの答えに納得と、寂しさを感じながらも花菜は健太に微笑んだ。
「そうなんだ。もしかして今日が未来ちゃんの誕生日?」
「うん」
「告白頑張ってね」
健太に別れを告げて花菜が立ち去ろうとしたその時、空から突然雨が降りだした。花菜達は慌てて駅へ駆け込んだ。
「どうしよう。俺、傘持って来てないや」
健太は困ったように空を見上げていた。そう呟く健太を花菜は見過ごす事などもちろん出来なかった。
「私、折り畳み持ってきてるから一緒にコンビニに行く?そこで傘買ったら?」
花菜はカバンから折り畳みの赤い傘を出した。
「今日も雨だね」
「え?」
突然の言葉に花菜はビックリした。
「初めて会った時もこんな風に突然の雨が降ってきた時だったなと思って。それにしても、今日、雨降るなんて知らなかったよ。篠原さんは、用意がいいね」
「言ってなかったっけ?私、雨女なの」
「そうなの?だから、初めて会ったときに雨が好きかって聞いたんだね」
「あっ…、うん」
花菜は、健太の顔を見れなかった。
「やっぱりそうか」
きっと健太は、今もあの笑顔で自分を見ているだろうと思った花菜は、健太を急かすように言った。
「ねえ、早く行こう。コンビニの傘売り切れちゃうよ」
花菜達は、駅前のコンビ二へ急いだ。何とか傘を手に入れた健太は、花菜をコーヒーショップに誘った。
「付き合ってもらったお礼にコーヒー奢るよ」
「いいの?ありがとう」
「買ってくるから席に行ってて」
花菜が席で待っていると、健太がコーヒーを2つ持ってやってきた。
「ありがとう」
「ブラックで良かったよね?」
「うん。あれ、佐藤さんもブラックだっけ?」
「うん、俺もブラック」
「そっか」
(そうだよね。甘党の修哉とは違うよね)
まざまざと見せつけるそんな違いに花菜は、少しだけ胸を痛めた。
「篠原さんの赤い傘、綺麗だよね」
「ありがとう。雨に濡れると模様が浮き出たりして気に入っているんだ」
健太を見ると、窓の外を歩く人を眺めているようだった。
(外を見てどうしたんだろう)
花菜が、健太に尋ねようとした時だった。
「そう言えば、俺探している傘があるんだ」
「欲しい傘があるの?どんな傘?」
「スカイブルーの傘なんだ」
花菜は、彼から聞こえてきた言葉に驚き、自分の耳を疑った。
(なんで…)
一瞬、すべての音が消え、花菜の頭には健太の言葉だけがこだました。
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