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17.残酷な真実(篠原花菜)
「どうかした?」
健太が不思議な顔で花菜を見ていた。
「ううん、何でもないの。それより、どうしてスカイブルーの傘を探しているの?」
花菜は、動揺を悟られないよう必死に平静を保とうとしていた。
「正確には、スカイブルーの傘をさしている人なんだけどね」
健太は、一度花菜に視線を向けたが、また窓の外に視線を戻すとそのまま外を見ながら話を続けた。
「人を探しているの?」
「うん。篠原さんには言ってなかったけど、俺、昔の記憶がないんだ」
「記憶喪失って事…?」
「うん。三年くらい前、雨の中、公園で倒れている所を喫茶店のマスターに見つけてもらったんだ。意識が戻った時、俺は何も覚えてなくて。今の名前もマスターがつけてくれたんだ」
「そうなの…」
(三年前って…。まさか)
「でも、倒れていた時に近くにカメラと傘が落ちていたんだ。カメラの中はほとんど風景写真ばかりだったんだけど、一枚だけ後ろ姿を撮った写真があってさ」
「その人がスカイブルーの傘をさしていたの?」
「うん。今の俺には写真の事はよく分からないけど、きっと昔の俺にとって大切な人だったんだなと思って。それにその人に会ったら過去を思い出せる気がして」
(私は、ここにいるのに…)
「過去を思い出したい?」
「思い出したいよ。それに、その人がまだ俺を探してくれているか分からないけど、ちゃんと謝りたくて。きっと心配かけたと思うから」
(心配したよ。今だって…)
「でも、その人が佐藤さんの彼女だったらどうするの?今日未来ちゃんに告白するんでしょ」
(ねえ、どうするの?誰を選ぶの?)
「うん、告白するよ。今の俺の気持ちは未来ちゃんにあるから」
「そっか…」
花菜は目に溜まった涙を健太、いや修哉に気がつかれないように顔を伏せて立ち上がった。
「もう、行くね。今日、告白…」
「いい報告が出来るように頑張ってくるから」
「そうだね。連絡待ってる。コーヒーごちそう様」
「うん。気をつけて帰ってね」
「ありがとう」
花菜は、コーヒーショップを出た後、どうやって家に戻ったか記憶がなかった。気がついた時には、花菜は家の玄関に座り込み、無言で涙を流していた。
その時、カバンから携帯の音が聞こえてきた。
画面に表示されたのは『爽太』の名前だった。
「もしもし?花菜?」
「爽太…。何?」
「何って夕飯のお誘いなんだけど、お前どうかした?」
「何でもないよ…」
「そんな声して、何でもない訳ないだろう。今どこにいるんだ?」
「家…」
「分かった。すぐ行くから」
そう言うと、爽太は電話を切った。
(いつも爽太は私の様子に気がついてくれてそばにいてくれようとしてくれる。でも、あの人は、修哉は、もう…)
花菜は、涙が止まらなかった。
インターフォンが鳴り、画面には、心配そうな顔をした爽太が映っていた。花菜がドアを開けると、爽太は急いできてくれたのか息が乱れていた、
「花菜?大丈夫か」
「爽太…」
花菜は、爽太に抱きつくと声を出して泣いてしまった。
爽太は、花菜が落ち着くまでソファーの横に座って号泣する花菜の頭を撫でてくれた。
「少し落ち着いたか?」
「うん…」
「それで、どうした…?何かあった?」
「佐藤さんが、修哉だった」
「え!だって、お前違うって…」
花菜は爽太に、彼は三年前に記憶無くしていた事、そしてカメラに残された写真に写るスカイブルーの傘をさす人を探しているのだと話した。
「そのスカイブルーの傘をさしている人って、もちろん花菜だよな…。彼は気がついていないのか」
「うん、気がついてない。こんなに近くにいるのにね」
泣き笑いのような花菜の表情に爽太は胸を締め付けられた。
「花菜はどうしたいの?彼の記憶が戻ったらまた彼と付き合いたい?」
花菜は首を横に振った。
「もういいの。本当は修哉を忘れて前に進む予定だったし。それに彼、今日好きな人に告白するから」
「花菜はそれでいいの?」
爽太はうつむく花菜の顔を覗きこんできた。だから、花菜は顔を上げ爽太を見た。
「あのね、彼に聞いたの。もし写真の人が彼女だったらどうするのって」
「彼はなんて…?」
「今の気持ちは新しい人に向いているからって」
「それは、まだ記憶が戻ってないからだろ。もしかして、記憶が戻ったら変わるかもしれないじゃないか」
花菜は、爽太を涙を浮かべた目で睨んだ。
「爽太は、私を好きなんでしょ。なんでそんな事言うの?私が修哉を諦めようとしてるのに!」
「俺は花菜が大好きだよ。でも、ちゃんと自分の気持ちと向き合って結論をださないと駄目だ。今の感情のまま終りにするって決めても、花菜はきっと彼を忘れられない。また、苦しむだろう」
「じゃあ、どうしたらいいの?私はどうすればいいの?分からないよ!」
「ごめん…」
爽太は、花菜を強く抱き締めた。
「花菜。辛いけどちゃんと考えて答え出すんだ。俺はずっとお前のそばにいるから。お前が出した答えを必ず応援するから」
「爽太、優しすぎるよ…」
花菜の言葉を返すように爽太の花菜を抱き締める力が強くなった。
「爽太、ありがとう」
爽太の優しさで冷たく強ばった花菜の心はゆっくりと溶けていき、花菜はもう涙を止める事が出来なかった。
テーブルの上の携帯はメッセージの受信を知らせるように静かに揺れていた。
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