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19.前を向いて動き出す(佐藤健太)
「どうかした?」
健太は不思議に思って篠原さんを見た。すると、篠原さんは、慌てたように話を始めた。
「ううん、何でもないの。それより、どうしてスカイブルーの傘を探しているの?」
「正確には、スカイブルーの傘をさしている人なんだけどね」
健太は、もう一度窓の外を見た。頭の中にはあの写真が浮かんでいた。
「人を探しているの?」
「うん。篠原さんには言ってなかったけど、俺、昔の記憶がないんだ」
「記憶喪失って事?」
「うん。三年くらい前、雨の中、公園で倒れている所を喫茶店のマスターに見つけてもらったんだ。意識が戻った時、俺は何も覚えてなくてさ。今の名前もマスターがつけてくれたんだ」
健太は、この三年間を思い出していた。
「そうなの…」
「でも、倒れていた時に近くにカメラと傘が落ちていたんだ。カメラの中はほとんど風景写真ばかりだったんだけど、一枚だけ後ろ姿を撮った写真があってさ」
「その人がスカイブルーの傘をさしていたの?」
「うん。今の俺には写真の事はよく分からないけど、きっと昔の俺にとって大切な人だったんだなと思って。それにその人に会ったら過去を思い出せる気がして」
「過去を思い出したい?」
篠原さんは、どこが寂しそうに健太に尋ねた。
「思い出したいよ。それに、その人がまだ俺を探してくれているか分からないけど、ちゃんと謝りたくて。きっと心配かけたと思うから」
「でも、その人が佐藤さんの彼女だったらどうするの?今日未来ちゃんに告白するんでしょ」
それは、健太がずっと悩んでいた問題だった。
もし、写真の彼女が恋人だったら、今の気持ちに正直になることはその恋人を裏切る事になるのではないかと、かなり悩んだ。
でも、そんな健太の背中を押してくれたのは篠原さんの「伝えたい気持ちがあるなら早く伝えるべき」と言う言葉だった。
(篠原さん、俺はもう迷わないよ)
篠原さんのさっきの言葉は、きっと健太の覚悟を確かめるもので、本当に気持ちがぐらついたりしていないか彼女は、健太を心配してくれているのだと思った。だから、健太ははっきりと篠原さんに言ったのだった。
「うん、告白するよ。今の俺の気持ちは未来ちゃんにあるから」
「そっか…」
篠原さんは、健太の言葉を聞くと静かに立った。
「もう、行くね。今日、告白…」
「いい報告が出来るように頑張ってくるから」
「そうだね。連絡待ってる。コーヒーごちそう様」
「うん。気をつけて帰ってね」
「ありがとう」
篠原さんは、健太を応援するような言葉をかけてくれたが、最後は健太の顔を見る事なく行ってしまった。そんな姿に健太は少しだけ違和感を感じていた。
(篠原さんのあの笑顔が見られたら、気合いが入ると思ったのにな…。残念)
健太が一人コーヒーを飲んでいると未来ちゃんからメッセージが届いた。
『終わりました。健太さんは、どこにいますか?』
健太は、今いるコーヒーショップの場所を送ると彼女の到着を待った。未来ちゃんを待つあいだ、健太は浮き足立つ自分を押さえるのに必死だった。
「健太さん、ごめんなさい」
未来ちゃんは急いできてくれたようで、傘では防ぎきれなかった雨で服が濡れていた。
「大丈夫だよ。ご飯、食べに行こうか」
健太達は、未来ちゃんが大好きなイタリアンへと向かった。未来ちゃんとの食事はとっても楽しかった。この後の告白がなければもっと楽しめたのかもしれないが、それでも今日、健太はこの思いを伝えなければならない。
食事が終わって外に出ると、雨はすっかりあがっていた。健太達は、うっすらと出た月明かりの下を歩いた。
「健太さんは、やっぱり晴れ男ですね」
「今日ほど、晴れ男で良かったって思った事ないよ」
健太の言葉に未来ちゃんは笑った。
「やっぱり、雨の中歩くの嫌ですもんね」
「でも、今日はそれだけじゃないかな」
健太の言葉に未来ちゃんは首をかしげた。
「他の理由って何ですか?」
「その理由を言う前に俺の話を聞いてくれるかな」
「はい」
未来ちゃんは、戸惑いながらも頷き、健太達は向かいあった。
「この前、未来ちゃんに気持ちを伝えられてからずっと考えていた。過去をすっかり忘れている俺が未来ちゃんのそばにいていいのか」
「健太さん…」
「それに俺が過去を思い出して何か変わってしまうかも知れないって未来ちゃんが不安に思う気持ちも分かるしね。でも、俺は、いつ思いだすか分からない過去にとらわれるより、今の気持ちを大切にしようと思う」
「それって」
健太が、未来ちゃんの目を見ると、うっすらと涙が浮かんでいた。
「未来ちゃん、大好きだよ。俺の恋人になって下さい」
「はい」
健太は、未来ちゃんを抱き締めた。
未来ちゃんは健太の腕の中でも涙がなかなかとまらず、そんな未来ちゃんを健太は抱き締めながら頭を優しく撫でてあげた。涙が落ち着いた頃、未来ちゃんは、やっと健太の腕の中で顔をあげた。
「もしかして、これがその理由ですか」
「やっぱり、愛しい人への告白は晴れていないとね」
健太達はおでこを合わせ笑いあった。
健太は、夢見心地のまま自宅にたどりついた。
(やっと彼女に伝えられた)
ソファーに座ると、自然とにやけてしまう自分に呆れながらも、健太は携帯を取り出した。
(篠原さんにもちゃんと報告しないとな。喜んでくれるだろうな)
健太は、篠原さんの携帯に告白成功のメッセージを送った。
でも、次の日になっても篠原さんから返信が来る事はなかった。
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