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20.私の選ぶ道は1(篠原花菜)
「突然、お休みを頂いてすみません」
「熱が高いんじゃしょうがないよ。今は仕事も忙しくないし、ゆっくり休んで」
「ありがとうございます」
「篠原さんは、いつも頑張りすぎだと心配してたんだよ。きっと疲れが出たんだろう」
「すみません…」
「そうだ、この際、月曜日も有給をとってゆっくりやすんだらどうかな」
「でも、…」
「今は急ぎの仕事もないし、そうすれば気にせずゆっくり休めるんじゃないかな」
「ありがとうございます。では、そうさせて頂きます」
爽太の前で号泣した次の日、花菜は上司に熱を理由に仕事の休みの連絡をいれた。
「あー、ずる休みしちゃった」
鏡にうつるまぶたをパンパンに腫らした自分の姿に花菜は苦笑いを浮かべた。
熱など、本当は嘘だった。
ただパンパンに腫れたこの目を見られたくなくて花菜は仕事を休んだ。それなのに、日頃の勤務態度が良かったからか、あっさりと休みをもらえただけでなく、月曜日も有給をもらい、気がつけば土日を挟んだ4連休となってしまった。
「良かったのかな…」
花菜は少しだけ罪悪感にさいなまれたが、実際問題、この顔で出社する勇気はなかった。それならばと花菜は開き直るしかなかった。
仮病とはいえ、せっかくの休みだ。せっかくなら有意義に使いたいところだが、花菜の体も心もそんな余裕はなかった。
手持ちぶさたでテレビをつけたが、花菜の興味をひくものはやっておらず、気がつけば、ボーッとしてしまっていた。
そんな時にも、花菜が思い出すのは健太の事だった。健太と修哉が同一人物とわかった今、どうすればいいのか…。爽太には、昨日は諦めると宣言したが、今は、その考えに、答えを見いだせずにいた。
そして花菜は、修哉が使っていた部屋を思い出していた。あの部屋の荷物はまだ片付けの途中で止まっていた。例え答えが出なくても、あの部屋を早く片付けないといけない事も花菜は分かっていた。
でも、今の花菜には出来そうになかった。今あの部屋を開ければ、きっと花菜はもっとまぶたを腫らしてしまうだろう。
そして結局、花菜は何もせずに夕方を迎えていた。
外から聞こえる5時をつげる音楽で、やっと我に返った花菜は、テーブルに置いたままだった携帯を手に取った。
「あっ…」
花菜は、健太からメッセージがきているのに気がついたが、そのメッセージを開かなかった。
なぜなら、花菜には、メッセージの内容など容易に想像が出来た。だからこそ、そのメッセージを読む事など出来なかったのだ。
そして、気がつけば、また花菜の目から涙が流れていた。
「もう嫌だ…」
花菜は携帯をテーブルに置くと、膝を抱えて丸くなった。そして、外が、暗くなっても花菜は部屋の電気をつけずに膝を抱えたままソファーに寄りかかっていた。
(もう、何もしたくなくなっちゃった)
そんなときテーブルの携帯が着信を知らせ光を放った。携帯はしばらくすると切れたが、また着信を知らせ光り出した。それが何回か続いた時、花菜はようやくその電話に出た。
「花菜!」
花菜の耳に飛び込んできたのは、爽太の大きな声だった。
「爽太、突然叫ばないでよ…。耳が痛い」
「お前がメッセージ送っても既読にならないし、電話しても全然出ないからだろ」
爽太は本当に心配だったのだろう。爽太の声には余裕がなかった。
「ごめん。メッセージは見てなかった」
「もういいよ。それよりご飯食べに行くぞ。今、どこ?」
「行かない…」
「また、お前は…」
爽太がまた心配そうな声をあげるので、花菜は理由をつげるしかなかった。
「今日は食べに出れる状態じゃないの」
「出れる状態じゃないって。仕事は?」
「休んだ…」
「どこか具合が悪いのか?」
爽太には、嘘の理由を言うわけにはいかず、花菜は本当の理由を爽太に伝えた。
「顔が…。えっと、いますごく不細工だから」
「顔?何言ってるんだ?どんな時でもかわいいと思うけど」
花菜は、爽太の言葉に驚き、叫んでしまった。
「は!?爽太こそ何言ってるの?」
「何って、それは…」
「もういいから!とにかく、私は、今、目がパンパンに腫れてとっても不細工なの」
「そんなに腫れてるのか?」
「そう!もうなんなのよ…」
さっきまで屍のようにぐったりしていたはずの花菜は、爽太とのやり取りで少しだけ元気を取り戻していた。
「だったら花菜は、今家にいるって事だよな?」
「そうだけど…」
「じゃあ、今から夕飯買ってそっちに行くよ」
「え?来るの?」
「花菜の不細工になった顔、見てみたいし。じゃあ、適当に買ってくから」
「ちょっと、爽太」
花菜の声は爽太に届く事なく、電話は切れてしまった。
「爽太は、いつも突然なんだから…」
花菜は真っ暗な部屋でため息をつくと、ようやく部屋の電気をつけた。せめて、髪は整えようと鏡をみたが、相変わらず目が腫れ不細工な姿が写っていた。
「爽太に本気で笑われそう」
鏡の中の花菜は、目を腫らしながらも少しだけ笑っていた。
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