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3.消えた彼との出会い2(篠原花菜)
「あんなふうに初対面の人の手を突然握ったら気持ち悪がられて逃げられるって普通は分かるはずなのにね」
花菜はあの日の事を思い出して一人笑ってしてしまった。
「まあ、あの時私が逃げたのは、男性に手を握られたのが初めてで単に恥ずかしかったからだけなんだけど」
(そう思うと、私も少し変わっているのかな)
時計を見ると、いつの間にかたくさんの時間が過ぎていた。箱の中に服を積め終わると私は立っておもいっきり背伸びをした。
その時、花菜は本棚にある一冊の写真集に目が止まった。その写真集を取り出すと私は椅子に座ってページをめくった。
「何回みても綺麗でため息がでる」
その写真集もまた、二人の大切な思いでの一つだった。
あんな別れ方をした後、花菜はなんだか気まずくてあの公園に行くことはなかった。そんな事もあり、もう二度と花菜は、あの彼と会うことはないと思っていた。
しかし、意外と早く花菜と彼の再会の日はやってきた。
その日、花菜は仕事の帰りに本屋によっていた。花菜は、目的の新刊の小説を手に入れると店内をふらふらと見て回った。いつもは小説と漫画、そして雑誌のエリアをふらふらと見て、めぼしいものに出会えなければ、目的の物だけ買う為にそのままレジへと向かうのだが、その日は違った。途中で花菜はイベント台の前で足を止めた。
そこにはたくさんの綺麗な風景を納めた写真集が並んでいた。
「綺麗…」
花菜が目を奪われたのは空の写真集だった。表紙には綺麗な虹の写真が、使われていた。その写真集は残り一冊だった。花菜は何となく運命を感じて迷うことなく、その写真集を手に取りレジに向かった。
花菜はレジに並びながらふと雨の中に出会った彼を思い出していた。
(あの人はどんな写真を撮るんだろう。逃げる前に見せてもらっておけばよかったな…)
その時だった。ため息をつきながらカウンターに向かう人影が私の横を通りすぎて行った。
どうやらその人は取り寄せをお願いしたいようで店員に何やら説明していた。
「だから、空の写真集なんです」
「タイトルかその写真家の名前か分かりませんか?」
「それが思い出せなくて…。でも、昨日はあそこに並んでいたんです」
その男性は、あのイベント台を指差した。
(もしかして、あの人が探しているのはこれなのかしら)
花菜は、胸に持っている写真集を強く握りしめた。その男性は諦めたかのようにカウンターからとぼとぼと歩き出してまた花菜の横を通りすぎていった。花菜はその男性の横顔をみた瞬間、驚きで固まった。そして、列を抜けると男性の後を追った。
「すみません」
花菜の呼び止める声に男性が振り向いた。
「あの、もしかして探しているのはこの写真集ですか?」
「え…?あっ!それです!」
彼は花菜が持っている写真集を見て驚いた。
「良かった…。じゃあ、これどうぞ」
花菜は彼に写真集を差し出した。
「え?なんで?」
「以前公園で失礼をしてしまったので、お詫びというか…」
彼は、不思議な顔をしていたが花菜が持っている傘を見てあっと呟いた。
「もしかして、あの時の。そんな、むしろあれは俺の方が!写真集は他のお店を探したり注文すればいいから」
「なら、私が他所で探すので」
そんなやりとりをしばらく繰り返していると、突然彼が笑いだした。
「じゃあ、ありがたく譲ってもらいます」
花菜は、彼の言葉にホッと息をはいた。
「あの…。それで、良かったらこの後一緒にこれ見ないかな?無理強いはしないけど、君に俺もお詫びしたいんだけど」
恥ずかしそうに言う彼に私も笑いながら答えた。
「はい、一緒に見せてください」
「じゃあ、急いで買ってくる」
「私も一緒に行きます。私もこれを買いたいので」
花菜が笑いながら持っている小説を見せると、彼もまた笑って言った。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「はい、行きましょうか」
二人は、レジへと歩きだした。
二人は、本を買うと近くの喫茶店へと向かった。そして、注文を済ませると、すぐに二人の前に2つのコーヒーが置かれた。すると彼は、コーヒーにミルクと砂糖をたくさん入れ始めた。花菜が驚いた顔で見ている事に気がついたのか彼は恥ずかしそうな小さな声で言った。
「俺、苦いのとか苦手で…。舌がお子様なんだ」
大きな体で恥ずかしそうに言う彼に花菜は失礼だと思いながらも笑ってしまった。
「そんなに笑わないでよ」
「ごめんなさい。でもなんか可愛くて。あっ…」
花菜は無意識に口走ってしまい、慌てて下を向いた。そして、彼も恥ずかしかったのか無言になってしまった。
その時、喫茶店の窓を振りだした雨が打ち付けた。
「また、雨ですね」
花菜は、外を見て呟いた
「本当だ。また降りだしたね」
彼もまた遠くを見るような目で外を見て呟いた。そんな彼の表情が気になり、花菜は彼に尋ねた。
「雨はやっぱり嫌いですか?」
花菜の言葉に彼は驚いたようにこっちを向いた。
「とんでもない、俺は雨が大好きなんだ。でも、雨に俺は嫌われているらしくて」
そう言って、彼はいろいろと話してくれた。
彼は、写真家を目指して修行中だそうだ。あの日も紫陽花の写真を撮りに来ていたが、なかなか納得いく写真が撮れずに困っていたらしい。
なぜなら、彼は特に雨上がりの風景が大好きで、その煌めきを求めて写真家を志したからだ。でも、あの日は快晴。やはり、納得がいく写真も撮れず諦めて帰ろうと思った時、突然雨が降りだして、彼は嬉しくてテンションがあがってしまったらしい。
「突然、友達になって欲しいって言われても驚くよね。ごめんね」
「気にしないでください。ちょっとびっくりしましたけど」
「本当にごめん」
彼はすっかり萎れた花のように下を向いてしまった。そんな彼を見て、私はつい質問してしまった。
「あの、どうして私と友達になりたいなんて思ったんですか?あの時、私達初めてでしたよね?」
「あっ、それは…」
彼は言いにくそうに話を始めた。
「実は、俺は晴れ男っていうか小さい頃から大切な行事とかほとんど雨に降られたことなくて」
「晴れ男…」
「楽しみな気持ちが強いほど晴れるっていうか。だから、なかなか撮りたい雨上がりの写真が撮れなくて。あの日もそんな感じでさた。そんな時に君の話を聞いて…」
「私が雨女だからですか?」
「ごめん。今思えば、失礼だよね。でも、あの時、雨なんて降りそうにない空から恵みの雨が降ってきて、そうしたら君が現れて。なんか君が幸運の女神みたいに見えて」
「幸運の女神って…」
「ごめん、俺「私、あなたの友達になります」」
彼は、花菜が被せるように言った言葉に驚いた顔をした。
「私、雨女って言われて嫌がられる事があってもそれが喜ばれる事なかったんです。だから、嬉しいです。私が役に立つなら友達になります。いや、友達になってください」
花菜が頭を下げると彼はますます驚いた。
「本当にいいの?」
「はい」
「ありがとう。自己紹介まだだよね。俺は、斎藤修哉。よろしくね」
「私は、篠原花奈です。よろしくお願いします」
「あっ!さっきの写真集見ようか」
「はい」
そんな風に二人は始まった。
「この写真集はもらってもいいのかな?」
花菜は、写真集をぎゅっと抱き締めた後、そっと写真集を棚に戻した。
本当は、段ボールにどんどん彼の物を詰めていきたかったが、やっぱりうまくいかない。残されたものに思い出が多すぎた。
止まった手のひらをじっと見ていると、携帯の鳴る音が花菜を現実に戻した。
携帯に表示されたのは、『石田爽太』。幼なじみの名前だった。
「花奈、今大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「だったらご飯一緒に食べようよ。いつものお店で待ってるからさ」
「分かった」
花菜は、荷物を持つとお店へと向かった。
店の前では時計を見ながらそわそわした様子の爽太の姿があった。爽太はキョロキョロとまわりを見て私の姿を見つけると笑顔で手を振ってきた。
「遅いぞ!」
「ごめん」
花菜は、急いで爽太の所にかけよった。
「早く入ろう。俺、お腹すいてるんだよ」
花菜は、爽太に手を引かれながら店の中に入った。
彼は実家から遠い大学に行ったので、すっかり疎遠になっていたが、一年前に仕事の関係で彼が花菜の住む街にやってきた。それからというもの、二人はちょこちょこ連絡を取るようになった。
昔から爽太は花菜にとってお兄ちゃんのような存在だった。だから花菜は、つい爽太に近況報告をした話の流れで修哉の事を話してしまった。それから何かと花菜を心配して、爽太は、花菜をこうやって食事に誘ってくれる優しい友人だ。
「どうかしたか?」
花菜がふと我に返ると、爽太が心配そうに花菜を見ていた。
「何でもない。大丈夫だよ」
花菜は、ごまかすように笑うしかなかった。
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