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4.花菜と爽太(篠原花菜)
「花菜は、何飲む?俺は、酎ハイにしようかな」
「私も同じのでいいよ」
「分かった。食べたいものある?無ければ、いつもの頼んじゃうけど」
「ありがとう。それでいい」
爽太は、店員さんに酎ハイ2つといくつか料理を注文した。花菜は、テキパキと注文するそんな爽太をボーッと見ていた。
(爽太は、本当にスマートだよね。もし、修哉だったらこうはいかないな)
私は、修哉がいつもお店にくるとメニューとにらめっこしていた姿を思い出していた。
(待ちきれなくて、いつも私が最初の料理を選んでいたっけ)
花菜は、そんな事を思い出し、笑ってしまった。そして、同時に今日は修哉を思い出してばかりいる自分に、ちょっと呆れてしまった。
「ん?どうした?」
「ちょっとお疲れ気味なだけ」
「そっか。引っ越し準備って大変だもんな」
「まあまあ荷物があるからね」
そんな会話をしていると、二人の前に酎ハイとお通しが並べられた。
「まあ、乾杯といきますか」
「うん、そうだね」
「「乾杯!」」
二人は乾杯の掛け声でグラスをぶつけあうと、花菜はグビッっと勢いよく飲んだ。
「相変わらず良い飲みっぷりだな」
「それは、誉め言葉なの?」
「もちろん」
「ふーん。じゃあ、ありがとう」
すると、爽太は突然笑いだした。
「なに?」
「いや、本当に花菜は純真だなと思ってさ」
「えっ!やっぱりさっきの悪口だったんじゃん」
花菜の言葉に爽太はニヤリと笑った。
そんな爽太の顔を花菜は睨み付けたが、まったく怖くなく、むしろ小動物が必死に威嚇しているようにしか見えないその顔に爽太がまた笑いだした。そして、気がつけば、二人はお互いの顔見て笑いあっていた。
「爽太、ありがとうね」
「なんだよ突然」
「きっと爽太が居なかったら、こうやって笑って食事出来てなかったと思う。それに引っ越しだって、決意出来てなかったと思う」
「俺は別に何もしてないよ。ただ花菜とこうやって食事したりしてるだけだし」
「それでも、感謝してるの」
「そっか」
何かしんみりしてしまった雰囲気を変えたくて花菜は慌てて爽太に話しかけた。
「でも、本当に爽太はすごいよね。私と同い年とは思えないくらいしっかりしてる」
「なんか俺だけ老けてるみたいじゃん」
「そう意味じゃなくて」
「分かっているって。まあ、花菜だって、昔よりはしっかりしてるじゃない。でも、落ち着いた女性というにはまだまだ程遠いけどな」
「それは、爽太の前だとちょっと気が抜けるからだから。いつもは、もっとしっかりしてるからね」
「そう言う事にしといてあげるよ」
「ちょっと信じてないでしょ」
そんな会話を 繰り返しながら二人の食事会は楽しく進んでいった。
お会計して、外に出ると雨がポツポツと降り始めていた。
「梅雨も本番だな」
「そうだね。とうとう雨の季節だね」
花菜は空を見上げながら、鞄から赤い折り畳み傘を出した。
「あれ?新しい傘買ったのか?」
「あっ、うん…。あれ、壊れちゃって」
「あの綺麗な青の傘、気に入ってたんだろ。いつも持ってたもんな。残念だったな」
「うん」
花菜は沈んだ顔を隠すように赤い傘をさした。
そして、家まで送ると言ってくれた爽太と並びながら雨の中を歩いた。
「なあ、花奈」
「なあに?」
「もうあいつの事吹っ切るって決めたんだよな?」
「うん。それに、そうしないといけないって思ってる」
「だったら、これからはお前の隣にいるのは俺じゃだめかな」
花菜は、爽太の言葉に驚き足を止めた。
「花奈が俺をそんな風に見ていないのは分かっている。でも、もし花奈があいつを忘れるって決めたらこの気持ちを伝えようって思ってたんだ」
「爽太…」
「まだ、気持ちの整理がちゃんとついてないのは分かってる。だから今は俺の気持ちを知ってくれるだけでいいから」
「分かった…」
「さあ、行くぞ。雨がだんだん強くなってきた」
「うん」
花菜は、歩き出した爽太の後を追いかけた。
爽太と家の前で別れ、1人家に入った花菜は靴箱を見つめた。中には、スカイブルーの折り畳み傘が入っている。爽太には、壊れたと言ったがあの傘は今も靴箱の中に入っている。
あのスカイブルーの傘は、花菜が好きな雨の中の散歩を楽しめるようにと修哉からのプレゼントだった。
「綺麗な色。私にくれるんですか?」
「うん。晴れ男から青空色の傘をプレゼントってご利益ありそうじゃない」
そう言って修哉は笑った。どうして普通の傘じゃなくて折り畳みなのかと聞く花菜に、彼は折り畳みならいつも持ち歩けるからだと言った。
「じゃあ、いつも一緒ですね」
花菜が冗談混じりの笑顔を返すと、修哉は突然花菜をまっすぐに見た。
「俺、花奈ちゃんともっと近くで一緒にいてもいいかな?」
「え?」
「俺、花奈ちゃんの事が好きなんだ」
「修哉さん」
「俺、晴れ男だからさ。晴れて欲しい時とかあれば、俺が花奈ちゃんの近くにいて絶対晴れさせるから。お願いします、俺と付き合ってください」
「私でいいんですか?」
「花奈ちゃんがいいんだ」
「私も修哉さんの事が大好きです。よろしくお願いします」
そう、あのスカイブルーの傘は二人が付き合い始めた時の思い出の傘だった。
(どうしてだろう。修哉の事を振り切るって決めたのに、私は修哉の事を思い出してばかり)
決めた気持ちを嘲笑うかのように、忘れようと思えば思うほど、彼との思い出が鮮やかによみがえっては花菜の胸を苦しめた。そして、爽太からの告白で、花菜は自分の中にまだ残っている修哉に対する気持ちの大きさを皮肉にも自覚してしまった。
「どうして、突然いなくなっちゃったの…」
花菜は、涙が止まらなくなった。
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