5.俺と幼なじみ(阿島爽太)

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5.俺と幼なじみ(阿島爽太)

 爽太は、花菜と別れ、一人歩きだしていた。 「とうとう言っちゃったな…」  爽太は、本当は今日気持ちを伝える予定ではなかった。  でも、花菜が赤い傘をさしている姿を目にした時、爽太は、気持ちを押さえられなかった。  花菜から聞いたわけではなないが、あの青い折り畳みの傘は前の彼氏からもらったものではないかと爽太は、思っていた。  なぜなら、花菜は、あの折り畳み傘を使う時、どこか寂しそうな顔をしていたし、そんな表情をみれば、爽太にもあの青い折り畳み傘を誰からもらったかなど予想がついた。  だから、花菜があの青い折り畳み傘ではなく、赤い折り畳み傘をさした時、やっと前の彼氏を忘れる事を決ししたのだと、嬉しくなった。そして、つい自分の気持ちを伝えてしまったのだった。 「ちょっと、早まったかな」  少しだけ、爽太は後悔していた。本当は、花菜の気持ちが落ち着いてから、もう少しゆっくりと進めたいと考えていたからだ。  花菜と爽太は、幼なじみだったが成長してからはなかなか会う事は、無かった。でも、親同士が仲良かった事もあり、爽太が花菜の住む町に越してきた事で再会した。  爽太にとって、花菜は、妹のような存在だった。  少し人見知りでおとなしい花菜が自分には、何かとなついてくる姿を可愛く思っていた。そして、花菜が爽太だけに見せるあのこぼれるくらいの笑顔が好きだった。  しかし、久しぶりに会った花菜は、大人の女性になっていて、爽太は少し面食らってしまった。  しかし、それよりも気になったのは、花菜からあの笑顔が消えていた事だった。 「花菜、久しぶり」 「本当に、久しぶりだね。元気にしてた?」 「まあね。花菜は?」 「私?まあ、いろいろかな」  そういう花菜は、寂しげに笑った。  いったい何が、花菜をこんな表情にさせるのだろう。爽太は、花菜の様子が気になった。  それでも、爽太は花菜から詳しく無理に聞き出す事はしなかった。爽太も社会人になって、仕事で悩む事はある。だからこそ、いつか花菜が爽太に話したいと思うまで待とうと思った。そして、話してくれた時には、必ず力になってやりたいと考えていた。  そして二人は、月に数回一緒にご飯を食べるようになった。 「この前、休みの日に買い物にいったら、面白い事があってさ」 「うん」  最初の頃は、こんな風に爽太が一方的に話して、それに対して花菜が相づちをうつような感じだった。  それでも、爽太は少しでも花菜の気持ちを明るくしてあげたいと必死だった。面白い番組の話や町で見かけた笑えるエピソードなど、とにかく話続けた。  そんな食事会を繰り返していくうちにしだいに、花菜からも話してくる事が増え、少しずつだが笑顔が見えるようになった。  そんな時だった、花菜からあの話をされたのは。 「ねえ、爽太」 「何?」 「今日は、爽太に聞いて欲しい事があってさ」 「仕事の事か?愚痴でも何でも聞くぞ」 「愚痴は愚痴でも仕事の事じゃないんだ」 「友達とか?」 「ううん…」 「まさか、彼氏とか?」  その瞬間、花菜が固まった。  それは、爽太の言葉が正解と言っているようなものだった。 「無理しなくていいんだぞ」 「大丈夫。爽太、今まであえて聞かないでいてくれたんでしょ」 「それは…」 「大丈夫だから。爽太に聞いて欲しいんだ」 「分かった」 「あのね、私付き合ってた人がいたの。しかも、一緒かな住んでたんだ」 「うん」 「でもね、消えちゃったの」 「消えた?」 「出かけてそのまま帰って来なかったの…」 「花菜…」  涙を流さないように必死に堪えながら話す花菜の姿に、爽太は、胸が苦しくなると同時にそのいなくなったその男に対して怒りを覚えた。 「花菜は、そいつの事まだ待ってるのか?」 「待っても無駄なんだろうなとは思ってる」 「それじゃあ…」 「でもね。まだ、吹っ切れないの…」 「帰って来ないと思っていても?」 「うん。バカだよね」  花菜の目はうっすらと涙で揺れていた。 「よし、今日はとことん飲もう。俺が奢る」 「ありがとう」  二人はとことん飲んだ。その間、いつもとは逆に爽太が花菜の話をとことん聞いた。  そして、気がつくと、何故か爽太の方が花菜よりかなり飲んでいた。 「爽太、大丈夫?」 「大丈夫だから、心配しなくて平気だから。それより、送れなくてごめん」 「そんなの大丈夫だよ。それより、気をつけて帰ってね」 「花菜もな」 「うん。今日はいっぱい聞いてくれてありがとう」 「また、いつでも聞くからな」 「うん」  その日、家についた爽太は、ソファーにドサッと倒れこんだ。 「俺だったら、花菜にあんな思いさせないのに」  無意識に吐いたその言葉に、爽太は、ふと我に返った。そして、今更ながら爽太は、自分の気持ちに気がついた。 「俺は、花菜を好きなんだ」  あの時感じた怒りは、大切な幼なじみを傷つけられた怒りというより、花菜にそんな顔をさせるくらい愛された男がいて、その男が、花菜の心を奪ったくせに勝手に居なくなって、そしてまだ花菜の心を縛り付ける事に対してだった。  しかし、自分の気持ちに気がついた爽太がした事は、今までと変わらず花菜のそばにいる事だった。もし変わった事があるとしたら、爽太が花菜を食事に誘う回数が増えた事ぐらいだろう。  花菜は、そんな爽太の誘いに対して「また?他に友達いないの?」って笑うが、それでも爽太は良かった。  今はただ花菜の一番近くにいる友達というポジションにいる事で満足していた。 『いつか、君が彼に本当の別れを言えた時に、必ずこの思いを伝える』  それだけを胸に刻み、爽太は花菜との日々を過ごしてきた。  そして、今日花菜が過去ではなく、未来に目を向けているのが分かった爽太は、嬉しくなってついに気持ちを伝えたのだった。  爽太の言葉に驚いた表情をしていた花菜だったが、その顔に嫌悪感のようなマイナスなものを感じれなかった。だから、これを期に自分をただの幼なじみではなく一人の男として見て欲しいと思っていた爽太にとっては、今回告白したのはやはりいいタイミングだったに違いないと爽太は改めて感じた。 「花菜!」  強くなる雨音をいいことに、人通りが少ない道で爽太はおおきな声で叫んだ。そして、雨の中もてあました感情のまま家へと走った。
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