9.カメラを構える理由(佐藤健太)

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9.カメラを構える理由(佐藤健太)

「よし、起きるか!」  健太は、布団から出て背伸びをすると、カーテンを勢いよく開けた。  カーテンの向こうに現れた景色は、あいにく今にも降りだしそうな黒く厚い雲が広がっていた。 「雨予報か…」  起き抜けにつけたテレビの天気予報でも今日は雨が降ると言っていた。  休みの今日は、家でだらだら過ごすのではなく、ゆっくりと公園を散歩したいと思っていた健太は残念そうに呟いた。 (傘、どうしようかな。でもまあ、大丈夫だろうけど、念のため)  そんな事を思いながら、健太は、出かける準備を始めた。  大きな傘か折り畳みかを悩んだ健太だったが、今日は折り畳みを選ぶことにした。それというのも、自慢ではないが、どうやら健太は晴れ男らしく意外と天気に恵まれる事が多いからだ。  例えば、特別な用事がある時など雨に降られて困る事はほとんどなかった。まあ、100%晴れると言うわけではないから、念のためにお守りがわりに折り畳みを鞄にいれたが、でも、多分使わないだろうと健太は思った。  公園に向かって歩いていると、健太は、喫茶店の常連さんである原田さんにあった。 「おう、健太」 「原田さん、こんにちは」 「今日は休みか?」 「はい。だから、ちょっと散歩中です」 「散歩って、傘も持たないでか。これから雨降るぞっ て、そういえば健太は晴れ男だったな」  そう言うと、原田さんは健太の肩を叩いた。 「さすがに梅雨には勝てないので、今日は、お守りがわりに折り畳み持ってきてますよ」 「そうなのか?じゃあ、雨雲と健太の力比べだな」  そう言うと、原田さんは笑いながら行ってしまった。  公園に着くと、やはり天気予報のせいか、人はまばらだった。健太はゆったりと公園の散歩道を歩く事にした。 「あっ!そうだ」  健太は、鞄からカメラを取り出して首から下げた。このカメラは健太が倒れていた時に、そばに落ちていた数少ないものの一つだ。  その時にカメラに残っていた写真は、雨に濡れる公園の植物などの風景を撮ったものばかりだった。それでも、その中で一枚だけ人物を撮った写真があった。  それは、スカイブルーの傘をさした人の後ろ姿だった。残念ながらその写真以外人物を撮ったものがないため、写真の人物が誰なのか、そして、どんな関係なのか分かるようなものはなかった。  しかし、その写真からは被写体を慈しむような優しい気持ちが感じられた。だから、きっとその人は昔の自分にとって大切な人だったのだろうと健太は、感じていた。  それから、雨の日に傘をさす人を見るたびに、健太は写真と同じようなスカイブルーの傘を探した。  しかし、健太はいまだに見つける事は出来ずにいた。 (いつか、みつけられるのかな)  見つけられない日々が積み重なるたびに不安になるが、健太は、それを探すのをやめられずにいた。  そして、スカイブルーの傘を探す他にもう1つ記憶を思い出す為に始めた事があった。それは、このカメラで写真を撮ることだった。まだ、カメラに残っていたような写真は撮れていないが、いつかあの写真と同じようなものが撮れるようになった時、記憶が戻るような気がして願掛けのように、健太は、写真を撮り続けているのだ。 「やっぱり、全然駄目だ…」  健太は、今しがた撮った写真を確認していた。  もうずっと写真を撮り続けているとはいえ、やっぱりまだまだあの写真のようなものが撮れるようになるには道のりが遠そうだった。  健太は、苦笑いを浮かべ、もう一度カメラを構え写真を撮ろうとした。その時、カメラを構える健太の手に雨粒が当たった。  健太は、空を見上げため息をついた。 (梅雨の空には、勝てなかったか…)  健太は、お守りがわりに持ってきた折り畳み傘を広げると家路を急いだ。  時間とともに雨の強さがだんだん増してきた。そして、それに比例するように、健太は胸が苦しくなるのを感じた。 (だから、雨は苦手なんだよな…)  健太はそんな苦しみに耐えきれず、早くやめとばかりに傘を傾け空を見上げた。    その時だった。 『次はあなたの番よ。もしかして、綺麗な虹がでるかな』  突然、女性の綺麗な声が聞こえた気がした。  健太は、立ち止まるとまわりを見回したが、忙しく行き交う人ばかりで声の主と思われる人は見つからなかった。 (もしかして、今の声は俺の記憶なのか…?)  健太は必死に思いだそうとしたが、頭に靄がかかったようでやっぱり思い出す事が出来なかった。  健太は諦めて、とぼとぼと歩いた。そして、家まであと少しと言う時、後ろから声をかけられた。 「健太さん、こんにちは」  それは、近所のパン屋の娘である未来ちゃんだった。そこのパン屋さんには喫茶店のサンドイッチ用のパンを作ってもらったりしている関係で健太も顔見知りだった。 「未来ちゃん、こんにちは。仕事の帰り?」  彼女は、平日は会社勤めをしているが、休日はお店に立って両親を手伝っている。 「うん、今日は半休もらったの」  そういうと、不思議そうに未来ちゃんは、健太を見た。 「なに?」 「いや、健太さんって傘持ってたんだなと思って。傘をさしている健太さんってなんか不思議な光景で」  そう言うと、未来ちゃんは笑いをこらえていた。 「酷くない?俺がいくら晴れ男でもさすがに梅雨には勝てないし、傘くらい持ってるからね」 「まあ、そうだよね。ごめんなさい」 「本当だよ…」 「うーん、でも、やっぱり似合わない」  そういうと、耐えられないと言うように、未来ちゃんは笑いだした。   「ちょっと笑いすぎだからね。もう俺は帰るよ」 「本当にごめんなさい。途中まで一緒に行く」  健太は笑いを隠すのをやめた未来ちゃんと並んで、話ながら家へと向かった。
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