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蓮二、は今までの写真からしても父の名前だろう。奈津美、は母の名前。芽依子、は私の名前。
では、麗依子というのは?読み方は多分、れいこ、だと思うのだが。
「!」
私はアルバムを持って立ち上がっていた。風呂掃除を終えて手を洗っていた母の背後に立ち、“お母さん!”と声をかける。
「お母さん!私、妹がいたの!?レイコって名前の!」
「!?」
彼女はぎょっとしたように振り返った。そして、私の手にあるアルバムを見ると、慌てたようにそれを取り上げる。
「芽依子!勝手にアルバムを見るなと言ってたじゃない!何を見たの!?」
「棚から落ちたから見えちゃったの!ていうか、いなくなったお父さんのことが気になるのは当然でしょ!?ねえお母さん、私には妹がいたの?お父さんだけじゃなくて、妹の存在まで私に隠してたのはなんで!?」
「当たり前でしょ、だってあの子は……!」
彼女は鬼の形相で何かを言いかけた。しかし、そこでどうにか我に返ったらしく、深く息を吐いてアルバムを洗濯機の上に置くと、私の肩を掴んだのである。
「……お願い、芽依子。あの子のことはもういいの、忘れて。せっかく何もかも忘れられたのよ、これからもそうしていて」
「何のこと……?」
「お父さんが、命がけであの子を“持っていってくれた”の。お願い、何も考えないで、忘れて。貴女に妹なんかいない、いないの。お願い」
彼女の顔は怒っているというより、怯えているようだった。私の肩を掴む手が僅かに震えている。
ここで私は、自分がずっと何か思い違いをしていたことに気づいた。母は、父のことを恐れていたわけではなく、本当は。
「お母さん、私の妹に、何があったの……」
彼女はただただ、首を横に振るばかり。そして、忘れて、忘れてと繰り返すのだ。
「お願い、今までのままでいて。お願いよ。あの子に見つかったら私達二人もきっと殺される……!酒井家のご両親にもやっと納得してもらえたのに……!」
彼女がそう言った、瞬間だった。私の脳裏に、まるで映画のようにいくつもの記憶がフラッシュバックしたのである。
血まみれの部屋。
バラバラになった猫の死体。
包丁を持って笑っている女の子。
彼女は猫の腸を引きずり出して、ゆっくりと私に見せつけてくる――。
笑顔の、その子の顔は。
ピンポーン!
部屋のベルが鳴った。私は、血の気が引いた顔で玄関の方を見る。
いつの間にか、十時をとうに過ぎてしまっていたらしい。ぴんぽーん、ぴんぽーん、と何度もドアのベルが鳴る。やがて、ノックの音も。
「すみませーん」
それは、聞きなれた“サカイさん”の可愛らしい声だった。家の近所で待ち合わせしていたとはいえ、家の住所までは教えていないはずなのに。
――ねえ、なんで?
記憶の中。サイコパスとしか思えない少女の笑顔と、何度も会った“親友”の顔が重なる。
動けないまま、再度声は続いた。
「すみませーん。お姉ちゃん、そこにいますかあ?」
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