いもうと。

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 ***  転機となったのは、サカイさんと遊ぶ約束をしている土曜日のこと。徒歩五分の駅前のカフェなので、約束の十時の十五分も前に家を出れば充分に間に合う。既に身支度を終えた私は、部屋でまったりとごろごろしていた。母には、一人でショッピングに行くと言っている。昼間に一人で出かけるともなれば、母も成人した娘の行き先に関してどうこう言うつもりもないようだった。 「あ、お母さん。今日、ちょうちょのネックレス借りていい?なんか外につけていきたい気分なんだけど」  ふと思い立ち、お風呂掃除をしている母に声をかける。彼女はいいわよー、と言いながらデッキブラシを振った。 「箪笥の二段目ね。あ、わかってるでしょうけど芽依子(めいこ)、緑色のは駄目よ?あれ高いんだから」 「はいはい。青いのを借りまーす」  私が母のネックレスを借りるのは珍しいことでもなんでもない。実際、一人で出かける時であっても何か身に付けて外に出たがるのが私だった。ちょっとお洒落をしたから、で誰かと会うのを勘ぐられるなんてこともない。言われるがまま、私は母の寝室に入った。 ――ネックレス、ネックレス……あ。  引出を開けて探している時である。膝が当たり、棚のアルバムを落としてしまった。かなり古いものだったので、ぶわっと埃が舞うことになる。 「うわ、これ掃除機かけないとダメなやつ……」  くしゃみをしながらアルバムを戻そうとした私は、開いたページを見て目を見開くことになるのだった。明らかに、私が小さな頃の写真。まさか、と思って日付を見れば――まだ私が、六歳の頃のものではないか。小さな私が、男の人と一緒に笑っている。写真の下には、“芽依子、父と”とメモ書きがしてあった。ということは、此の人が私の父なのだろう。  眼鏡をかけた、やせっぽちの大人しそうな男性である。どこかの遊園地の写真であるようだった。二人とも楽しそうに笑っている。写真はないと言われていたのに、まさかこんな堂々と保管されていようとは。 ――なんだ。……お父さん、優しそうな人なんじゃん。  好奇心が勝り、私はぱらぱらとページを捲った。記憶がないのが残念で仕方ないほど、良い写真ばかりである。私と父は相当仲良しだったらしい。父の背中におんぶして貰ったり、だっこしてもらったり、一緒にブランコに座ってピースしているものもあった。  ただ。 ――なんだろ、これ。  アルバムは、虫食い状態だった。実際に虫に食われているという意味ではなく、不自然に写真が何枚も抜き取られているのである。  離婚した父の写真を抜いてある、わけではないのは明白だった。というのも、残っているのは私と父が二人で映っている写真ばかりであるからだ。母がシャッターを切ったから映っていない、というのはわかる。けれど、ない写真が何枚もあるのはどういうことなのだろう。  ふと、アナボコだらけのアルバムを捲っていた私の手が止まった。写真を抜くのに必死になっていたからなのか、メモ書きの方を外し忘れている箇所があったのである。  元は写真が入っていたであろうスペースの下には、こう書かれていた。 『蓮二、奈津美、芽依子、麗依子。家族四人で熱海へ』
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