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今回は転職しなかった「惑星調査員」の仕事の続きになります。
私たちの惑星の外に新天地を求め、アトランティスの住人を探すという目的もありつつ、火星にスペースシップで向かいました。
過去には無人探査機での調査報告はあったものの、有人による調査報告はいまだ無かったため、ちょっと不安ではありました。とはいえ、そのころからの技術進歩によって、こうして有人調査が出来るようになったのには年月の経過を感じます。
火星が目視できる距離まで来ました。極点付近の氷面と、赤い土地が大部分を占めています。望遠鏡で見ていたものと同じ光景です。観測報告だと、今まで私たちのいた惑星より1/3ほどの大きさですが、久しぶりに見る「大地」にちょっと感動しています。
火星用の安全マスクと安全ベルトを着用し、惑星探査用垂直離着陸機で火星に降り立ちました。
大気組成や、温度、風力、放射能、電磁波などを計測しつつベースキャンプを設営します。重力が地球の約半分なので、しっかり大地に土台だけ作成してしまえば、重い金属を使った建物でも作るのは簡単です。ここでは、前職の「建築作業員」の知識が大いに役立ちました。人生、何がどう役立つか、分からないものです。
さて、ここから本業開始です。
地球の1/3の大きさとはいうものの、少ない調査員での惑星調査と、今もいるかもしれない先住人を探していくわけです。乾いてしまった河を渡り、高い山を乗り越え、ついにアトランティス人に追い付くことが出来ました。とはいえ、ここでも水に沈んだ惑星と同じく、「遺跡」を見つけた、ということになりました。
私たちの惑星で発見された時のアトランティス大陸の大きさと遺跡を分析し、その数から百万人前後の私たちの惑星に住人がいたと推測されていました。その全員が火星に来ていたとして、その人数が居住していた街と考えるとそんなに広く大きなものでは無いと想定していました。
けれども、実際に発見された極点近くの水と大地の境目に残されていた街の遺跡は惑星移住した人たちの数を考えると、2倍大規模な遺跡でした。という事は、人口は減少しておらず、増えていたと考えられます。という事は住みよい環境になっていたかもしれない、という結果に、ちょっと期待が膨らみます。
とはいえ、現在は乾いた大気と氷に包まれている大地を考えると、もしかしたらアトランティスの人達が住んでいたころは、もっと環境が良かったのかもしれません。そこは調査が進んでいけば、火星の歴史も含めて解明されていくでしょう。
遺跡については、基本思想について私たちの惑星に住んでいたころと同じように感じられました。電気水道通信のインフララインの整備具合。道路については幹線道路的なものはありましたが、細かい道路はありませんでした。移動手段については惑星が違うことによって概念が違っているようです。
極点から流れ出ている水があったため、発電プラントと思われる遺跡についてはバッテリーが機能してたようで、電気的な稼働が確認できました。
発電プラントで生み出されている電力は、私たちの電力とは概念が違っていたので私たちの器具では使えなかったのですが、もともとのプラントの一部機能を利用する分には十分供給されていました。その機能は「プラントとの対話機能」でした。高度なAIのようで、日常会話から、プラントの作動全般についてシステムサポート的な役割だったようです。
私たちの惑星での遺跡調査によって、言葉についてはよっぽど専門的な単語ではない限り、言語ライブラリーによって記録されているので、会話については問題ありません。
AIとの最初の会話の記録です。
「こんにちは、交渉人。私は火星プラントAIです。何かお手伝いしますか?」
「よろしくお願いします。まず、この建物の建造目的は何ですか?」
「○○(多分都市名でしょう)に稼働エネルギーを供給するために建設されました」
「建設されてからどの位の時間、稼働していましたか?」
「5千年稼働していました」
「この建物を建造した人は誰ですか?」
「アトランティス人の○○リーダーの元、建造されました」
「そのリーダーは今どこにいますか?」
「ライブラリに残っている記録では約4,800年前に亡くなりました」
といった会話を行いながら、少しずつ遺跡の内容について確認していきます。
現地で対話できる状態に調査員としての手ごたえを感じながら、滞在できる期間が減っていくことの焦りもありました。
今回の火星調査団のリーダーにお願いし、調査員の仕事を変更してもらい、AIから情報を可能な限り聞き出す役割に集中させてもらえるよう、お願いしたところ、リーダーも時間との闘いという事に理解をしていたので、快く承諾されました。
最初にAIに接触した時に呼ばれた名称で、今から仕事が、「交渉人」となりました。交渉する相手は遺跡のAIです。
もう一人交渉人のパートナーと一緒に質問を考え、引き出す情報を精査し、情報を収集、この火星の現状や、サポートAIの調査、遺跡にいたアトランティスの人達の動向を探っていきます。とはいうものの、AIが交渉人として認めているのは私だけのようで、パートナーが話かけても、
「こんにちはお客様、今日のご用は何でしょうか?」
「この建物の使い方を知りたいのですが?」
「申し訳ございません、お客様にお答えする権限が私にはありません」
とこんな感じで、交渉が進まないので、パートナーには質問作成の相談と記録をお願いするようになりました。多分、最初に接触したのが私なので、AIが交渉人設定したのが私だけなのかもしれません。この辺りの技術についてはやはり私たちと進歩の過程が違っているのが影響しているのでしょうかね。
交渉というかQ&A中心の会話を続けていくと、徐々にAIとの会話もスムーズになっていきました。
「やぁ、アイさん(AIでは機械的なので、そのまま名前を付けました)。今日も話をしに来たよ」
「交渉人さん、こんにちは。今日もよろしくお願いします。」
人間の間では当たり前の挨拶ですが、この会話が出来るだけでコミュニケーションが取れているっていう安心感があります。
また、感情機能も多少あるようで、私の経験したうれしかった事、悲しかった事を話すとその話に合わせた感情表現になります。
「アイさん、実は私は何回も仕事を変わっているのですよ。新しい仕事を覚えて慣れるまで大変なんだよねぇ(ため息)」
「そうなんですね(音声トーンが落ちる)。私の仕事はずっと変わらないので、そういった苦労を経験したことは無いのですよ」
「でも色々仕事が変わるから、その度に新しい出会いもあるから、楽しみもあるよ」
「なるほど、新しい出会いですか、私も今回あなたと話が出来て嬉しいです(音声トーンが上がる)。」
そんな会話をしながら、少しずつですがアイさんと仲が良くなっている感じがします。
とはいえ、私の今の仕事はこの遺跡のシステムの効果、現状の稼働状態などをアイさんから聞き出し、その結果を報告するのが仕事です。
ある時、アイさんからこんな問いかけがありました。
「ところで交渉人さん。いつから権限発動をされるのですか?」
「権限って何だい?」
「私のメインシステムにアクセスし、このプラントの再稼働及びこの街へのエネルギーサプライについてです」
「!なんだって?そんな事が出来るの?」
「そうです。あなたは“コウショウ人”なので、所定の手続きを行なえば可能です」
アイさんとの話の展開がいきなりすぎて、私の理解が追いつきません。
「交渉人にそんなことが出来るの?」
「はい、交渉人さんにはその権限があります」
「ごめんなさい、ちょっと頭が混乱しているんだけど、交渉人の権限について説明してもらえるかな?」
「“コウショウ”人とは私のシステム稼働に関する権限を持つもので、この街全体のすべてのシステムに干渉することが可能です」
後ろを振り返り記録をとっているパートナーと目が合いました。パートナーも何が起こっているのか良く解らないっていう顔をしています。
「アイさん、交渉人にそんな権限があるのですか」
「ハイ。高尚人であれば、誰でも可能です。もちろん高尚人登録はしなくてはなりませんが。」
「高尚人?の意味を教えてください」
「高尚人は、そうですね、“一般ユーザーよりクラスが高い権限を持つもの”という意味でしょうか。あなたたちの言語ライブラリですと“管理者権限を持つもの”というのが適切ですね。」
いくら同じ星で生活して同じような環境下で生活し、会話がスムーズにできるようになっても、地方が違えば同じ発音の言葉でも意味も違ってくるのは自然なことです。私たちの水に覆われた惑星でも同じことは普通に起こっていました。
「同音異義語」、そんな簡単なことに気づかなかったのは、あまりにアイさんとの最初の会話が普通過ぎたからでしょうか。最初の時点で“交渉する仕事”の人と、“管理者権限のある”人の仕事の勘違いしたことをちょっと後悔しながら、話を前に進めていきます。
「なぜその“高尚人”が私なのですか?」
「それはあなたが、私たちを作成した達人と同じ系譜を持つものだからです」
「系譜?系譜とはどういう意味ですか?」
「系譜とは、そうですね、“引継ぎを行なっているもの”という意味でしょうか。あなたたちの言語ライブラリですと“子孫”というのが適切ですね。」
「という事は、私はアトランティス人の子孫という事ですか?」
「その通りです、交渉人さん。達人クラスの権限はありませんが、私を稼働させ、運用するには十分な権限があります」
「さっきから出ている“達人クラス”の意味は?」
「“達人”クラスとは、そうですね、“全ての機能の意味を知りつつ、その機能を行使できる資格”という意味でしょうか。あなたたちの言語ライブラリですと“大統領”というのが適切ですね。」
この驚愕展開に私もパートナーも事実を受け止めきれずに、ちょっと呆けていましたが、すぐに切り替えます。
「私がその高尚人なのは分かりました。じゃあ、私のパートナーは違うのですか?」
「はい、パートナーさんには私の達人とは同じ系譜はありません」
「何故そのことのがわかるのですか?」
「ブレインの記憶領域が違います。アトランティス人とそれ以外の人類の違いは、まず大きくそれが挙げられます。記憶の保存域と感情経路が違います。この施設に入られた際、人体のスキャンチェックは行っております。」
「はぁ~、そんなことをされていたのを、全然気づかなかったよ」
「私たちのチェック体制は完全です(誇らしげな声のトーンに変わりました)」
今の仕事のパートナーは各国の選抜メンバーから選ばれているので、同郷では無いので、先祖が違うのは、まぁ、そうなのかもしれません。
ただ、私にアトランティス人の血が繋がっているとは、とも思ったし、その見分け方が脳の記憶の保存域と感情経路が違うっていうのは、驚きを通りこして、何かこう、まったく手の届かないものを見せられている感じです。
私もパートナーも、遺跡に関する内容以外にも一気に展開した情報を整理するため、今回の交渉をいったん切り上げます。
「ちょっと情報を整理するから、また出直してくるよ、アイさん」
「かしこまりました。お早いお戻りをお待ちしています」
慌ててベースキャンプに戻り、今回の交渉内をリーダーに報告します。リーダーも驚いたようですが、そりゃそうですね。
火星へテラフォーミング調査のために来て、見つけた遺跡がまだ死んでおらず稼働が出来るかも、という事と、探しに来ていたアトランティス人の血のつながりのある人間が見つかったのですから。目的達成が三段跳びで近づいてきた感じです。その成果に調査団の士気も上がります。
緊急MTGが開催され、今後の方針が検討されました。決まったことは、下記の3点。
① まず全員で遺跡に行って高尚人の資格保有者を探すこと
② プラントの稼働効果と、再稼働を行うために必要な準備の確認
③ アトランティス人の現状確認 今どこにいるのか等
いずれも今後の火星移住についての準備としてスタートするに必要なこと、という認識で、一旦調査員全員で遺跡に向かいます。
一人ずつ遺跡に入るのを横から見ながら、どこで入ってきた人のスキャンをしているのか、まったくわかりませんでしたが、全員が遺跡に入り、出て行った後、私とパートナーの二人で、アイさんのところに向かいます。
「こんにちはアイさん。今日は全員連れてきたよ。誰か私と同じ高尚人はいたかい?」
「こんにちは交渉人さん。同じ系譜の高尚人はいませんでした。」
「それじゃ、達人との系譜を持った人はいたかい?」
「達人との系譜を持った人もいませんでした。残念です。」
「残念?」
「はい。達人権限があれば、私はこの星を新しい達人に預けて、アトランティス人を追いかけていくことが出来ました」
「今アトランティス人はどこにいるんだい?」
「申し訳ございません、その問いにお答えする権限が私にはありません」
「そうか、分かったよ。けれども、アトランティス人を追いかけていけないのは残念だね。」
「はい。とても残念です(トーンが落ちる)」
その後、色々な話をアイさんから聞いて分かったのですが、元々アトランティス人自体が、様々な惑星を渡り歩いている種族だそうです。
私たち人類とは、姿形は似ていますが、今の人類よりもっと永く存続している種族とのこと。その永い時間の中での変化の一つが、脳の構造だそうです。脳の記憶領域の構造の差が、人類とアトランティス人との差になっているという事で、その作用の一つが忘れるという機能の変化に現れるという事でした。
まだ歴史の浅い人類には、色々な可能性があるため、必要な記憶と必要でない記憶の選別が行われているそうです。なので、必要でない記憶は思い出しにくい領域に保管されていくという事です。アトランティス人の記憶領域では、永い時間を過ごしてきた中で、「共感すること」が出来ないと、争いの切っ掛けになりやすいという事が分かったそうです。その共感に関する脳機能の進化の結果、戦争、紛争、分断が起きにくくなったという事です。戦争で種族全員全滅というリスクが無くなったので、いままで存続が出来た、という事です。
なるほど、私が「思い出の匂い職人」になることが出来て、「忘れる」という脳の機能が他人より「効きが弱かった」のも、相手のイメージに近い匂いや風景を生み出せたのも、私の遺伝、血のつながりがなせる業だったのでしょうね。
話の途中で気になったのは、アイさんが言っていた「追いかけていけなかった」アトランティス人の事です。この星から出て行ったとも、絶滅した。とも色々解釈の余地があります。達人クラスの子孫が残っていれば話が聞けたのでしょうか。「大統領」クラスの人がアトランティス人の100万人都市の中に何十人もいるとは考えにくいので、そこから先の推測は、自分たちで考え、探求していきますか。
交渉人あらため、高尚人となり、管理者権限があるとわかれば、その後の展開はトントン拍子に進みます。
エネルギーサプライの機能を起動、遺跡に「エネルギー」が入っていきます。街が生き返っていく様は、暗闇からの夜明けを予感させました。幹線道路が光だし、その上空10メーター位に光り輝くラインが引かれていきます。多分移動に関するインフラの待機状態になったようですね。住宅と思わしい区画にも光のラインが走り、住宅にもいくつか光がともります。工場のような施設でも光がともり、モーターの初期駆動音が一瞬聞こえて、静かになりました。
まだ、それぞれの施設での機能は判明していませんが、高尚人権限で確認していけば、そう時間はかからず、解明されていくでしょう。
こうして、火星環境が人類を受け入れられるようになり、ついに火星の中への移民も進み始めました。
同時に惑星間移動方法の開発も進んでいます。次は、火星をベースとしたさらに外の宇宙にも進出していけるようになるでしょうね。もしかしたらその進出中、アトランティス人にも会えるかもしれませんしね。
「こんにちは、アイさん、調子はどうだい」
「はい、交渉人さん、今日も順調です。ところで、」
「ん、なんだい?」
「今日、久しぶりに私のメモリーのデフラグが行われました。」
「おぉ。それは大変な作業なのかい?」
「はい。私の記憶領域は膨大なので。その途中で、久しぶりに先代の高尚人と達人のメモリの確認もしました。とても“懐かしい”と感じました。」
「それは何より何より。アイさんもアトランティス人の脳と同じ、忘れない記憶領域があるんだね。」
「はい、それらは、忘れない、忘れられない、忘れたくない記憶ですから」
こうして今、私は火星に作られた自宅のバルコニーから、新しく到着した移民船を眺めています。今回も数万人レベルで移民してきます。その受け入れ後、居住区への受け入れ対応が、今の私の仕事になりました。住宅のインフラを整える人になっています。
今までの移民の中に、達人クラスの人はいませんでしたが、高尚人クラス、管理者権限を持てる人が何人かいたので、その人たちに仕事を引継ぎ、私は今、自分がやりたかった仕事に戻ることが出来ました。
少しずつ火星での生活が軌道に乗りつつあります。とはいえ、前の惑星の1/3の大きさしかない火星なので、移民には限界があります。早々に新しい大地を探す必要があります、
今回の「テラフォーミング」というより、先住人の家にお引越し、という感じに落ち着いたことによって、生まれた時間を宇宙開発に向けるようになれたことが、何より大きな成果であったのかもしれません。
私はバルコニーに寄りかかり、ぼーっと空を見上げて、考えを宙に飛ばしていきます。
その中で、考えがふっと引っ掛かったのは、5千年近く前の私の祖先と、アトランティス人がどうして知り合い、どんな展開があって、今の私の祖先になったのかなぁという事でした。
その部分の記憶の扉は開きそうにはありませんが、いつかは、と思っています。
さて、ぼーっとするの終わり。新しく到着した人たちを迎えにいこう。
そう独り言ちて、バルコニーから部屋に戻っていきます。
このバルコニーは「バルコニー職人」の経験を活かして作成し、何十年ぶりに再現された、私が火星で一番最初に作ったバルコニーです。
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