3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
そうして、村は大騒ぎになった。
あちしが神の子を身籠ったことは村中に知れ渡ったみたい。
村長や村のみんなが身重で独り身のあちしを気遣ってくれるようになった。
それからニヶ月くらい経ったある日の午後、あちしが一人で家で過ごしているとコンコンとドアにノックがある。
「マリアンヌ、水汲んできたぜ」
あちしがドアを開けるとチュニックを着たお隣のダニエルさんがあちしのために水を汲んで来てくれた。
「いつもありがとう、ダニエルさん」
「なに、隣同士なんだから助けあわなきゃな」
「でも、アンナさんも身重でしょ? 奥さんにも気を遣わなきゃいけないから大変じゃない?」
お隣のダニエルさんとアンナさんは20代のご夫婦だ。
あちしが懐妊して1ヶ月後に二人も妊娠が発覚したらしい。初めての子なんで二人は大喜びして、あちしに報告しに来てくれた。
「うちは、アンナのお母さんと一緒に住んでるからな。お義母さんがアンナの世話をしてくれるから、オレはあまりやることがないのさ。だから、オレに頼みたいことがあれば何でもいいな、マリアンヌ」
「ありがとう。ダニエルさん」
あちしはお隣さんや村のみんなに支えられて、少しずつお腹が膨らみ始めた。
お腹が大きくなると、あちしにも赤ちゃんへの愛が芽生るのを感じる。
気がつくといつもお腹の赤ちゃんに語りかけている。
「いい子でちゅねー。早く大きくなってねー」
そんな風に過ごして妊娠13週目を迎えた。
ある真夜中、あちしがベッドに横たわっていると、また部屋が光りだした。
眩い光の中からあの天使が現れた。
「また、あんたなの? ガブリエル」
「左様です。聖母様」
「まだ13週だけど?」
「実は神様から二点申しつかりました。一点目は御息女の名付けについてです」
「名前かー、あちしもいろいろ考えてる」
「神様的には、女の子なのでジェシーやジェシカはいかがかと申されております」
「うーん。悪くはないんだけど、平凡かなー」
「何か案があるので?」
「あちしは、和名がいいかなー。紬とか陽菜、葵とか。元の名前が里穂ちゃんだっけ? だから里穂でもいいかもー」
「なるほど、どれも素敵な名前ですね」
すると、ピンとガブリエルのスマホが鳴った。
「神様もLIMEで"いいね"と仰っています」
「ふふ、ありがと。で、もう一点目はなんなの?」
「こちらは、深刻な話です。実は貴女の余命が短いことがわかりました」
「は?」
「貴女はこのままいくと、赤ちゃんの命と引き換えに命を落とします」
「ちょ、ちょっと待ってよ! どういうこと?」
「この世界の医学では、出産は死と隣合わせです。貴女の胎盤の形では出産の際に出血多量で死んでしまいます」
「あちし、まだ16年しか生きてないけど!」
「……実は、貴女の命を助ける方法もあります」
「それは?」
「堕胎です。22週になる前なら医師の処置で中絶することができます」
「それって赤ちゃんを殺すことでしょ!?」
「そうなります。私どもとしてはどちらの命も大切で選ぶことは出来ません。あなたの選択にお任せするしかありません」
「そんな……」
「過酷な運命を背負わせて申し訳ない、と神様も言っておられました。どうされますか?」
「ちょっと、考えさせて……」
「わかりました。また来ます」
ガブリエルはそう言うと、また光とともに消えた。
あちしは数週間、真剣に悩んだ。生きていれば赤ちゃんはまた産めるって考えがよぎることもあったが、赤ちゃんの命を奪いたくないって思いが強かった。
そして、妊娠18週目にガブリエルがまた部屋に現れた。
「お気持ちは決まりましたか?」
「うん。決まった。あちし、産むよ」
「貴女の命が失われてもいいのですか?」
「死ぬのはつらいけど、パァパやマァマからもらった命を次の子に繋ぎたいの。あちし、赤ちゃんの命を奪いたくないよ」
「何という慈愛の心。あなたの決意は後世まで語り継がれるでしょう」
「ねぇ、娘は幸せになると思う?」
「ええ。きっと貴女に似て美しく聡明な子に育ち、神に祝福された素晴らしい人生を送るでしょう」
「そっか。なら迷いはないよ。あちし、最期に立派にこの子を産んでみせる」
その時、ガブリエルのスマホがまた鳴った。
「神が"君を聖母に選んで良かった"と仰せです」
最初のコメントを投稿しよう!