9人が本棚に入れています
本棚に追加
※ ※ ※
「ちょっと足りないものを買いに来ただけ」と口にしていた割に、結局レジに並ぶ頃には、母のカゴの中には少なからぬ食材や調味料が入っていた。
行列がみるみるうちに短くなり、とうとう茜たちの会計が始まる。
「お待たせしました。どうぞ」
大学生風の青年が、カゴの中の商品を手際よくバーコードリーダーに通していく。
LEDの表示する金額が大きくなるにつれて、茜の心臓が騒がしく動き始めた。どうしよう、このままじゃ絶対足りないよ。
——四ヶ月ほど前、幼稚園の卒園式。「しょうらいの ゆめは 『まほうしょうじょ』です!」と語ったクラスメートを、賢い茜は心の中で冷笑していた。魔法少女なんて現実にいるわけないじゃない、と。
しかし茜は今、恐らく日本全国の女児の中で誰よりも、魔法少女になりたかった。今すぐに母親のコインケースの中身を取り替えたかった。
だが、どれだけ願っても奇跡は起こらず、茜の手のひらに魔法のステッキが現れることはなかった。
茜の頭一つ分高い位置にあるディスプレイが、容赦なく4桁の数字を表示する。
「お会計、1283円です」
だめだ、やっぱり言わなきゃ……。
ワインレッドのコインケースを開く母を黙って見ていることは、もうできなかった。
「ママ! 待って! ごめん、わたし——」
こみ上げる涙を無理矢理押し留めながら、母の脇腹を両手で叩く。
母は動きを止めることなく、「なあに?」と訊ねながらコインケースに手を入れ、そして引いた。
彼女が指で挟んでいたのは、四つ折りにされた1000円札と。
銀色の、つまりおもちゃではない、日本銀行が発行した500円玉だった。
最初のコメントを投稿しよう!