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会計が済んだ後、エコバッグに商品を詰める母に向かって、茜は深々と頭を下げた。
「ママごめん、わたし実は、ママのお財布の中身をおもちゃのお金と取り替えたの。昨日、ほんとはもっとゲームしたかったから、イライラしちゃって。ごめんなさい……」
俯いて罪を告白しながら、茜は考える。
夢ではなかったはずだ。茜は間違いなく昨晩、母のコインケースから硬貨を全て抜き取り、おもちゃと入れ替えた。
今朝確認しても、おもちゃの「おかいものセット」の中には抜き取った本物の硬貨が入っていた。
それなのに今、母のコインケースには、何事もなかったかのように本物の硬貨が入っている。
いったい、おもちゃのお金はどこに……。
「茜」
混乱している茜の耳に、母のどこか決まり悪そうな声が触れた。
「ママの方こそ、ごめん。昨日は、茜にやつあたりしちゃった」
「え?」
「ママったら、どうしても、パパと喧嘩すると冷静でいられないのよね。今日はちょっと夜更かししていいから、昨日のゲームの続き楽しんで」
「ママ……」
「お詫びと言ったらなんだけど、話のついでに、茜が今考えていることのヒントを教えてあげる」
にこっと微笑んだ母の顔を見て、茜は思う。
……なんか、怖い。
今まで、母に叱られたことは数え切れないほどある。約束を破って土曜日に長時間ゲームをしていた時。いたずらで、食べ終えたお菓子の小袋を母のハイヒールに入れた時。
だが、どんなにきつく怒鳴られた時よりも、今目の前にある笑顔の方が恐ろしいと、茜はなぜかそう感じた。
「ママはね、パパと結婚してほんとうによかったと思っているのよ。持ち物をこんなにお揃いにしたくなるくらい大好きな人と一緒になれるなんて、世界中のカップル探してもなかなかないと思う」
人差し指を立てて滔々と話す母の瞳は、邪悪な愉悦に満ちていた。
「だからママは、たとえただの会社の同僚であっても、他の女の人と居るパパには、とてつもなくダサい男の人であってほしいの。だってパパは、ママのものだから——」
その時、母の右の腰あたりからぶるぶる、と音がした。
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