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百膳遊戯は妃の嗜みだ。
あらゆる宮には妃のための厨が設置されているので、私も賢妃も、そちらでさっそく調理する。
賢妃は妃の華美な衣装を脱ぎ捨て、胸に晒しを巻き、腰から下は帯と裳裾だけの姿になる。
そうして鉈のような大ぶりの包丁を持ち出すと、鯛を四匹取り出して、ダァン! っと盛大にその頭を切り落とした!
「あぁ、なんて酷い……!」
「ですが鱗を丁寧に剥ぐ、その繊細な作業……しかもとても素早くて、鮮度への影響が最小限ですわ」
素早く鯛を下ごしらえし、賢妃は調味料に鯛を漬け込んだ。
確かに腕はいいみたい。
私たちの百膳遊戯を見守る女官たちが口々にその評価を言い合っている。
これは私も負けていられないわ!
私も重たい妃の上衣を脱ぎ捨てると、白い薄衣を羽織り、邪魔な袖は紐でくくって手元を軽くする。
さてさて、では私はまずこれを。
杏の実を取り出して皮を向き、細やかに刻んで、たっぷりの砂糖とともに鍋で煮つめる。焦がさないように時々鍋の底を丁寧にかき混ぜながら、その横で寒天を水に溶かした。
「まぁ、一つ一つが丁寧で思いやりのある優しいお手さばき……」
「さすが貴妃様、それでいて無駄もなく、上品さを失わないなんて……」
私は手を休めることなく、賢妃の様子を伺った。
賢妃は鯛を調味料に寝かせると、またまな板に向き合う。
まな板には、赤と緑の山。
あれは―――唐辛子?
こんな量を、まさか……!?
「辛家包丁術! 千塵細刃(せんじんさいは)!」
目にも見えない包丁さばき。
タタタタン! っと軽快な音だけが響き渡る。
「すごい、これが妃の御業……!」
「膳司の長官が泣き伏してしまいますわ」
膳司の長官ってたしか、包丁さばきがすごいと聞いた。女官たちの話を聞く限り、賢妃の包丁さばきはそれを優に超えていくみたい。
これで同じ土俵に立とうなんてこと、考えはしない。
料理の技は確かにすばらしい。
だけど料理に必要なのはそれだけじゃないことを、彼女は分かってないわ!
私は自分の女官に秘伝の壺を持ってこさせて、そこからすくい出した白い実をすりつぶし、濾して、絞って、白い汁を作る。
そしてもう一つ鍋を取り出して、そこに牛乳と白い汁を入れ、丁寧に煮つめた。
「あぁ、いい香り……」
「杏も煮えてまいりましたね。なんとも甘美な香りでしょう」
ふつふつと煮え立ちそうになる前に白い汁の鍋の火を止めて、砂糖を入れ、濾していく。丁寧に、なめらかになるまで、二度、三度と濾した。
濾した白い汁は冷水で器ごと冷やす。
杏の鍋もいい感じになってきたので、火を止めた。
すると、ざわりと女官が騒ぎ出す。
そちらに視線を向ければ、賢妃が蒸し器を使うところだった。
大蒜(にんにく)の薄切りに生姜の千切りをしたものを皿に敷き、その上に漬け込んでいた鯛の頭を並べていく。唐辛子のみじん切りで鯛の頭を覆うようにこんもりと乗せて、さらにその上に大蒜と生姜のみじん切りを乗せた。
「あぁっ、なんて大胆な!」
「これを蒸すのですか!? 焼くでも、煮るでもなく……!?」
女官たちの動揺がすごい。
確かに見慣れない料理で、一体どんなものができるのか想像がつかない。
だけどたった一つ言えることがある。
間違いなく賢妃の料理は―――人を選ぶ料理であると。
私は自分の調理に向き合うと、粗熱の取れた白い汁に凝乳(クリーム)を入れて、たぷたぷと丁寧に混ぜた。
そうして美しい細工がされた硝子の器にそれを注ぎ、埃よけをしたその器ごと、贅沢にも氷室で冷やしてもらう。
後は冷えた頃に、杏の果醤(ジャム)を乗せるだけ。
ふう、と一息つけば、こちらを睨みつける賢妃と目が合った。
なにかしら?
「いかがいたしまして?」
「余裕な態度……そんな態度を取っていられるのも今のうちです」
私の態度が気に入らなかったらしい。
とはいってもこの勝負、私はすでに結果が見えている。
私は肩をすくめるだけで、何も言葉を返さなかった。
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