点心爛漫後宮戦記

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 いよいよ実食。  今回の百膳遊戯の判者は女官が二人と膳司の官吏が二人、そして皇帝陛下の側近が一人の合計五人だ。  皇帝が判者としてたたないのは、公平さを保つため。だって皇帝は、私のお料理にめろめろですもの。  そうでなければ、私は今のこの地位にいないし。  まずは賢妃の料理から。  剁椒魚頭(ドゥジャオユートウ)という香辛料と薬味をふんだんに使った、魚の蒸し料理。  これはなかなか、インパクトがある皿だ。 「さ、魚の頭……」 「これは唐辛子でしょうか? 赤と青の彩りは素敵です」 「匂いもなかなか刺激的ですね」 「鯛の切り口は綺麗で、香辛料や薬味の大きさもまんべんなく均等。技術的には素晴らしい」 「辛家の姫らしい、豪胆な料理でございますね」  判者がそれぞれの皿に対する見目の評価を言う。  一人怯えたような女官がいるけど、大丈夫かな?  そうこうしているうちに小皿に盛りつけられた料理が判者たちに行き渡る。  判者が箸を手に取り、各々、賢妃の料理を口に頬張った。 「む、むり……」 「辛い! お、お水をいただけるかしら……!?」 「いや、辛さの中にも酸っぱさがいる……! この絶妙な塩梅、食欲をそそる!」 「この辛さと酸味の加減……蒸し料理であり、さらには鯛の身は頭の一番生臭さが出るところを上手く消し込み、食への探究心を満たしてくる。殴り込むような刺激的な味わいだが、それがまたよい」 「精のつきそうな食前でございますが、いささか辛すぎる。辛家の強い熱情が、舌をも燃やしつくそうとする御膳でございますね」  女性にはやっぱり、という評価だ。反面、男性陣には高評価。辛いだけのお家芸かと思っていたけれど、これは侮れないかもしれない。  一通り落ち着くと、次は私の番。  透明で流麗な硝子の器を満たす、白い杏仁豆腐。  その頂には一輪の花が咲くように、杏の果醤(ジャム)が乗っていて、上品さと可憐さを兼ね備えた一品。 「まぁ、可愛らしい」 「白い雪山に咲く、健気な花のようでとても麗しいですわ」 「杏の甘酸っぱい匂いが優しい印象を与えますね」 「ふむ、艶々とした果醤(ジャム)はムラもなく丁寧なとろみがある。白き杏仁豆腐の部分もなめらかで、一切の粗がない。器選びすらその芸術の一つとして、丁寧な皿だといえよう」 「さすが点貴妃。そのお人柄のように上品な一品でございます」  判者が私の料理を褒めるたび、賢妃が私をにらんでくる。  にらまれたって、評価は覆られないし、本番はこれからだ。  判者がそれぞれ匙に杏仁豆腐を乗せ、口元へと運ぶ。 「お口に優しい〜!」 「先程の刺激的な辛さが癒えるかのような、優しい甘み……」 「甘いだけじゃない、杏の酸味がいい塩梅だ。冷たくて、満腹になったあとでもつるりと食べてしまえる!」 「これは……まさか北杏と南杏を使用したのか……!? 乳の甘みの中に隠れるこのコクは、北杏の苦味と南杏の甘さの黄金比……! 最近では手軽に杏仁豆腐ができるように杏仁霜(きょうにんそう)が使われることもあるが、まさか、こんな短時間で杏仁から杏仁豆腐を作ったというのか……天晴れ」 「喉越しもよく、舌に優しい味わいです。点貴妃の思いやりのある甘さが舌を包み、癒やされる一品でしょう」  五人の判者が匙を置く。  さぁ、いよいよ判定だ。  皿が片付けられ、この百膳遊戯を見物に来た妃や女官が息を潜めて結果を待っている。  賢妃も硬い表情で、皇帝も固唾をのんで、五人の判者の判定を待つ。  そして、ついに。 「甘いは正義、点貴妃様に一票」 「食事を楽しむ、ということにおいて勝っておりました。点貴妃様に一票」 「力強い、食欲を満たしてくれる品でした。辛賢貴妃に一票」 「優劣はつけがたいが……だがしかし、舌がなれてしまっている以上、よくある杏仁豆腐では食の探究心を満たすにはちと惜しかった。まだまだ改良点はあるものの、調理人として期待したい。辛賢妃に一票」  え、うそ。  まさかの票割れ……?  見物人もまさかの出来事にざわざわとざわめき出す。  いままで完全勝利を極めてきた私。  まさかの敗北の可能性に、さすがにのんびりと構えてはいられなかった。 「……ようやく表情を変えましたね。私の料理を侮っていたことがよく分かります」 「そんなつもりは、なかったのだけれど……」  いや、きっとそうだった。  賢妃じゃないけれど、私だって百膳遊戯で成り上がった妃の一人。それこそ賢妃が後宮入りする前から、百膳遊戯で腕を磨き、時には辛酸を嘗め、今この地位にいる。  確かに最近は私に百膳遊戯を挑むような妃もいなかった。それが、驕りになったというの……? 「この勝負、私が勝ちます」 「……いいえ。勝つのはこの私。あなたには足りないものがある」  勝利宣言をしてきた賢妃に、私は釘をさす。  そう、賢妃には足りないものがある。  それは。  最後の判者が口を開く。 「……辛賢妃の皿は強かった。その印象を舌に、脳に刻みつける力強さがありました」  賢妃の表情が喜色にあふれる。  だけど。 「―――ですが。この勝負、点貴妃の勝ちです」  皇帝陛下の側近は、そう言って私に一票をいれた。  途端に賢妃の顔が真っ赤に染まる。 「なぜ!? なぜ私の皿を誉めておきながら、貴妃に票をいれるのです!」  激高した賢妃が今にも側近を殴りに行きそうな剣幕で怒鳴りだし、慌てて彼女付きの女官たちが彼女の体を抑え込んだ。  そんな様子の賢妃に、側近は至極真っ当な表情で告げる。 「確かに貴女の皿は強かった。ですがそれは貴女の独りよがりな品でございました。点貴妃様には思いやりがある。貴女の皿で傷ついた舌を癒す優しさが。健啖家である陛下が点貴妃様の食膳を愛するのは、そういう理由なのですよ。腹が満ちても、舌が弱っても、皿に手を伸ばしてしまう。点貴妃様がご寵愛されるのは、味や技術だけのものではないのですよ」  あわ〜、べた褒め。  改めてそう言われると、ちょっと恥ずかしい。  賢妃は呆然として、とうとう膝をついてしまった。  女官たちが彼女を囲い、口々に慰めの言葉をかけている。  これで一件落着、かしら?  ほっと一息つくと、私の腰にたくましい腕が回される。 「貴妃、よくやった」 「いいえ、それほどのことでは」 「私の貴妃。やはり私の舌に見合うのはそなただけだ。……あの杏仁豆腐、私の分ももちろんあるな?」 「もちろんですとも」  食い意地のはった皇帝陛下に、私は微笑む。  ここは百膳後宮。  健啖家な皇帝陛下を満足させるために生まれた、美食の後宮。  そこで私は、今日も百膳の頂点と皇帝陛下の寵愛をいただきます!
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