カスタムドールクローゼット

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「ごめん」と私は、吐きそうになったものを喉奥へ押しとどめながら、こちらに伸ばされていた水野さんの手を払った。  ソファから立ち上がる。コートと鞄をひっ掴み、呼び止める声を振り切って、玄関から外へ飛び出した。  エレベーターで地上に降り立ちエントランスを抜けると、そこは凍てつきそうなほど冷えた空気の底だった。夢中でマンションから距離をとって立ち止まる。 ほんの少し走っただけなのに、息が上がった。天を仰ぐ。  雲ひとつない空だった。マンションの並ぶ住宅地だが、ビル街よりは星がたくさん見えて、月もきれいな三日月で。 もっと綺麗な心の持ち主だったら、励ましてくれているとか、見守ってくれているとか思ってしまいそうな、そういう夜空だった。美しかった。  カスタムお願いします、と私は思った。  この空のどこかにいる巨大な誰かに。私のヘッドを掴んでボディから引っこ抜いてほしい、フェイスプリントも全部剥いで描き直して、ヘアはこの夜空の色に。できるはずがない。神様はいない。自分でやるしかない。  すずちゃんのハスキーボイスが、不意に聞こえた。耳の奥か、濃藍の空の向こうか、どこからかわからないが、 「ケイさんはいいんだよ、それで」  確かに聞こえた。 了
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