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「お人形なんて子供っぽいですけどね。わかってても手放せなくて。宝物だったので」
「宝物……」
「うち兄が三人いて、やっと生まれた女の子だーって、そりゃもう甘やかされちゃって。これは祖父母が買ってくれたんですけど、結構高かったみたいで……」
カップの中で紅茶のティーバッグを揺らしながら彼女は語った。
私は未だその〝ルヴィ〟に視線を奪われたまま、せりあがってくる気持ちの悪い酸っぱさに耐えていた。水野さんの纏う香りと混ざって、それは苦さに変わる。
「あれ、如月さん、大丈夫ですか? もしかして引いてます?」
「……ああ、いや……」
オルゴールのような声が私を呼ぶ。彼女の肌は〝ルヴィ〟に劣らないほど白くきめ細やかで、大きな瞳はレジンなど塗るまでもなく潤んでいる。のびのびと育てられた健やかな美しさ。私の胃から内容物が逆流してくる。
なりたいものにはなれない。それでも生きていける。この世は残酷だけど優しい。
本当に?
この苦みが優しさならば、なぜ私たちは許されないのか。なりたいものになる、ただそれだけのことを。
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