カスタムドールクローゼット

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 私の作った衣装を、すずちゃんが購入してくれたのが最初の出会いだ。  そのときのことを思い返しながら私は、自室の作業台の上で横たわる人形を改めて見つめた。  目立った汚れや傷はひとつもなく、大切に愛されてきたことが一目でわかる。すずちゃんは一体のドールだけを所持し深く愛でるタイプの愛好家で、この美しいハニーブロンドのドールに「蜜」と名付け、大切にしていた。  彼女が私から買ってくれたのは、レース編みを用いたレイヤードのドレスだ。シンプルなワインレッドのドレスに、同色の総レースのオーバードレスを重ねる。 私の力作に身を包んだ「蜜」の写真は、すずちゃんのSNSにすぐにアップされた。ブロンドが深紅のレースにすばらしく映えており、私は即座に感謝と称賛のメッセージを送ったのだった。  「蜜」はヘアもメイクも純正仕様。つまりカスタムされていない、発売されたままの状態だ。  このブロンドと青い瞳を、私は漆黒へと変身させなければならない。写真の中の美しい少女と生き写しに。  作業台に新聞紙を広げ、はさみと鉗子を用意する。よく洗った手で「蜜」を持ち上げ、深呼吸。  片手でボディ、片手でヘッドを掴み、捻るようにして引っこ抜く。  何度やっても緊張する作業だ。首なしになった「蜜」のボディをサイドデスクに横たえ、手のひらの上で、小さなヘッドをそっと転がしてみる。青い瞳の女の子は、生首状態になってもなお、幼気な微笑を浮かべていた。  きらめくようなブロンドを一房つまみ、はさみを差しこむ。ゆっくりと手に力を込めていくと、しゃりっという独特の手応えと共に、サラン繊維の髪の毛が切り落とされた。  髪は根元ぎりぎりから切ってしまうのがコツだ。真っ直ぐな繊維が新聞紙の上にぱらぱらと落ち、小さな穴だらけの「蜜」の頭皮が露わになっていく。 すべて切り終えてから、残った根元を引き抜く。手芸用の鉗子を用いて、頭部の内側から取り除いていくのだが、これが意外と力が要る。  続いて、アイプリントとメイクを落とす作業だ。瞳の色だけ変えるなら元のペイントを活かしてもいいが、すずちゃんのクールな切れ長の目は、「蜜」のあどけない垂れ目とは雰囲気が違う。 ネイル用のアセトンリムーバーをコットンに含ませ、ピンセットを使いながら細部まで丁寧に剥がしていく。  私はファミレスでリョウの語ってくれたことを反芻しながら、黙々と作業を進めた。  丸い頭に、目と鼻と唇の凹凸が残るだけになった「蜜」を、一度ボディごと洗浄することにした。洗面器に熱めの湯を張って洗濯洗剤を溶かし、五分ほど浸け置きしてから、やわらかいスポンジで軽くこする。  タオルドライを終えた「蜜」の、ソフトビニル製の肌がしっとりと発光するのを眺めて、ふうとひとつ息を吐き出した。  今日はここまで。よく乾かしたいし、時間も遅くなってしまった。  明後日の土曜日に、じっくりと時間をかけて植毛とメイクをしよう。「蜜」の球体関節のボディを指先でそっと撫でてから、私は固まった肩をぐるりと回した。
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