愛しい人

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「……なんかえっち」  短いスカートから覗く太ももが目立つし、表情も色気があり過ぎる。 「……そうか?」 「私、こんなに胸大きくないし」  結さんは黙り込んだ。  私は自分が結さんの絵にダメ出ししていたことに気付く。 「……ごめんなさい」 「……多分、昔の記憶だ」 「昔の記憶?」 「記憶の中の蓮は胸が豊かだ」  そう無表情で言うから、私も納得するしかなかった。  私の姿は昔の私によく似ているみたいだけど。  きっと、違うところもいっぱいある。 「心配するな。これから育つ」 「別に心配なんかしてない」 「昔は昔。今は今。私は今の蓮が好きだ」  結さんはいつもそうだ。  こうやって、サラッと愛を口にする。  意地っ張りな私は素直に受け入れられなくて。  結さんに「好き」と言ったことがない。 「……仕方ないから許してあげる。勝手に描いたこと」 「そうか。なら、そこへ横になれ」 「なんで」 「やはり実物を見て描いた方がいい」  そうかもしれないけど。  その……誘うようなポーズで横になれと? 「どうした」 「恥ずかしい」 「気にするな」 「気になる」  結さんとは、まだそういう仲じゃないし。  尚兄(ひさにい)(あき)れるくらい清く正しい交際をしてる。  結さんは絵のことしか頭に無くて。  このまま何も起こらないかも、って時々不安になる。 「心配するな。何もしない」  私がしてるのは逆の心配なんですけど。  そんなに魅力ないのかな、私。  落ち込みながらもモデルを引き受ける。  アトリエの一角。床に敷かれた厚手のラグの上に横になった。  結さんの指示通りにポーズを取る。  今日は長めのスカートで良かった。 「脚が見えない」 「想像で描いてください」 「想像……していいのか?」  それはそれで、なんかイヤ。  私は少しだけ、スカートをたくし上げる。 「さっきと変わらない」 「これが限界です」  諦めたのか、結さんは手を動かし始めた。  なんだろう。凄く懐かしい。  昔の私もきっと、こうして絵を描いている彼を傍で見ていた。  叶わぬ恋心を抱きながら。  暗い部屋で目が覚めた。  いつの間にか眠ってしまっていた。  慌てて飛び起きたのはベッドの上。  入ったことがないからわからないけど、たぶん結さんの部屋だ。  結さんの姿は無い。  台所から料理をする音と、美味しそうな匂いがしてる。  ベッドを整えてから部屋を出て台所へ向かう。 「……結さん」  恐る恐る声を掛けたら、結さんは手を止めて私を見た。 「起きたか」 「ごめんなさい……迷惑かけて」 「気にするな」  居間の時計を見たら20時を過ぎてる。  こんなに帰りが遅くなるとは言って来なかった。  家の人たちが心配してる。  青ざめている私を見て結さんは首を傾げてた。 「家に連絡しないと……大騒ぎになってるかも」 「あぁ。それなら心配ない。私から(ひさし)に電話しておいた」 「尚兄に?」 「私が責任を持って蓮を家まで送ると言ったら、蓮に、今夜は帰らなくていいと伝えるように言われた」  ……尚兄ぃ!なに考えてるの!? 「ご飯食べたら帰る」 「泊まって行けばいい」  結さんはどういう気持ちで言ってるんだろう。 「使っていない部屋がある」  ……だよね。 「ううん、帰る」 「そうか」  結さんは昔も今も、私を女として見ていない。  最初はそれでもいいと思った。傍に居られれば、それで。  でも今は違う。  結さんに触れて欲しい。  絶対に言えないけど。  出会って30秒でプロポーズしたくせに。  いつまでこの、小学生みたいな恋愛が続くんだろう。
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